Vol.286 06年3月4日 週刊あんばい一本勝負 No.282


一本の映画にすくわれて

 先週に引き続き今週も土日は全員出社、事務所には静かな緊張が流れている。検査入院中のAも一時退院(再来週あたりに再入院予定)、戦列に加わっている。3月中はこんな状態が続くのだろうか。しんどいなあ。このごろは夜の仕事はめったにしなくなった。できるだけ本を読んだり、ビデオ映画を観たり、仕事をしないように「努力」している。根詰めて仕事をすると身体に変調をきたす恐れがあるからだ。しかし大問題がある。最近とんと面白い本や映画に出会えない。選ぶこちら側の感度に問題があるのは確かだが、それにしても期待して買った本や借りてきた映画がまるでダメ。せっかくの夜の時間をムダにしたようで切ない。逆にいい本や映画に出会うと、なにものにも変えがたい至福の時間を神様からもらったような気分になる。まさに天国と地獄である。このところもっぱら地獄の周辺をウロウロしているのだが、週末に観たカナダ映画『おおいなる休暇』で少々溜飲を下げた。これはおもしろい映画だった。ほとんど何も期待せずに〈ミニシアター〉(まあ昔で言うアンダーグランドぐらいの意味だろうか)コーナーで選んだものである。実はカナダ映画ということも知らずに観だしたのだが、台詞はフランス語(かなり英語なまりのある)だったが、フランス映画にしては画像はアメリカっぽい(原色が強い)し、映像もダークな繊細さより突き抜けた明快さが勝っている。HPの映画情報で調べると最近のカナダのヒット映画であることが判明。なるほど。映画のテーマがユニークだ。スローフードや地域おこしの現実をあざ笑うコメディで、ユーモアのセンスも小生好み。過疎で年金暮らしの老人ばかりが住む島民と、そこに赴任することになる若き医師のドタバタ劇なのだが自然保護やエコロジー、定年帰村から社会保障の現実を、コメディでみごとに相対化している。この1本で何とか救われた週だった。
(あ)

No.282

逝きし世の面影(平凡社ライブラリー)
渡辺京二

 2005年度に小生が読んだ本のベストワンである。1998年に九州の出版から初版が出た大冊である。その本も買ってはいたが本の威圧感に恐れをなし書庫に眠ったままだった。それが版元の複雑な事情で、10版も重ねた大ロングセラーで、「地方出版の金字塔」といっても過言でないこの名著が平凡社に版権が売られ文庫版として刊行になった。同じ本とはいえ文庫本になったとたん「読もう」と一念発起し、すんなり全文読破できた。本の「形」というのは読者心理となにかしらの因果関係を持っているのは間違いないようだ。それはともかく600ページある本書はどのページをくくっても赤線を引かない箇所がないほど示唆に富み、目くるめく興奮の活字旅に読者を誘ってくれる。読めば、石原慎太郎から筑紫哲也までが絶賛した理由はすぐわかる。表層的なイデオロギーの皮膜を突き抜け、日本人とは何か、という核心が精緻なブレのない文章で綴られているからだ。正直なところ、同じ編集者としてこの本をつくった三原さん(現・弦書房)や平凡社の二宮さんには嫉妬さえ覚える。このお2人とは知り合いである。秋田の片隅で細々と禄を食んではいるが、いつかこんな本を出してから死にたい、と切に思っている。

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