Vol.381 08年1月2日 週刊あんばい一本勝負 No.377


明けましておめでとうございます

旧年中はありがとうございました。本年もよろしくお願いいたします。

毎年、淡い期待と希望を持って記しているのですが、今年は公私とも、忙しい年になりそうです。出版界の不況感はそう簡単にはぬぐえないでしょうが、流通、書店、出版社の倒産や再編が加速的に進むのは間違いないと思います。新年早々、出版業界を揺るがすような大きなニュースが飛び込んでくる可能性もあります。もちろんいいニュースではありませんが……。
秋田市にも昨年末、ナショナルチェーンといわれる大書店が進出しました。これでほぼ旧来の地元書店は息の根を止められた、と見る向きが多いようですが、さて、どうなりますことやら。

個人的には、還暦をまじかに控えボケる一方の「知能」はともかく「身体」のほうはすこぶる快調です。山登りから街道歩き、エアロビクスにスキーと、たぶんこれまでの人生でもっともスポーツに慣れ親しんでいます。今年もひとつでも多くの山に登り、一回でも多く汗を流そうと思っていますが、「やりすぎ」にうまくセーブをかけられるかが、ポイントになりそうです。

ロートルというのは中国語で、「老頭児」と書くのだそうですが、わが舎は文字通りロートルそのもの。新しいことに挑戦する勇気がわかず、心身とも保守的になり、何をやるにもスピード感がありません。今年はこのへんを意識して変えて行きたいと思っています。どうぞ、お見捨てなく、ご指導ください。
(あ)

No.377

ニセモノ師たち(講談社文庫)
中島誠之助

 テレビの「関運! なんでも鑑定団」は面白い。よく観ているのだが鑑定士たちがことごとく「いかがわしい」のが、その魅力ではないか。どんな骨董品も瞬時に真贋をかぎ分け、値段までつける。その即断性がヒットの原因だろうが、そんなスーパーマンのようなこと、できるわけがない。彼らが訳知り顔に判断を下す前に何十人もの下働きや研究者たちの前鑑定がおこなわれ、その努力の上に彼らの即断がある。そうしたことはテレビではきれいに省かれている。そうした出演者の鑑定師のなかで、とびきりいかがわしいのが本書の筆者である。そんな偏見で本書を読むとイメージには少々訂正が必要となる。そのいかがわしさや「インチキな世界」が、意外や本人自身の口から赤裸々に語られているいからだ。若いころ、同じ骨董屋である父親が数万円で「いわくありげに」買った陶器を、数十倍の値段で知り合いに売った。著者は数十年後、そのオヤジが売った陶器が気になり、頭を下げて同じ値段で買いもどした。その陶器はさらに数年後、その何倍かの値段で他所に売られていく。ところが数年後、著者は「あれはニセモノだった」と、突然、気がつくシーンがある。ニセモノとわかっていても高額で専門家の間で取引される、摩訶不思議な商売なのだ。

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