Vol.511 10年7月24日 週刊あんばい一本勝負 No.505


秋田弁をバカにされて逮捕された男の話

暑いっすねぇ、暑中見舞いです。いろんな事はすべて「暑さ」のせいにすれば納得してもらえるような、うれしい夏です。先日の3連休は鳥海山単独登山に挑戦、あまりに「暑くて」御浜小屋から先に行く気力が失せ、帰ってきてしまいました。これも夏のせい、です。冗談はさておき、ひとり登山はペースや休みどころ、時間配分が難しくて初心者にはまだまだ無理ですね。明日は薬師岳・和賀岳登山。鳥海山の失敗を引きづったままで、ちょっぴり不安っす。ダメなら夏のせいっすから。

ところで今日(23日)の魁新報29面下段のベタ記事、あまり小さな記事で誰も読んでいないと思うのだが興味引く記事が載っている。
「秋田弁ばかにされた、と教頭殴った父親逮捕」
すごく注意深く紙面に目をこらさないと見つけられないかも。栃木県の中学校の陸上競技大会で、息子が注意された父親が電話で学校に抗議、対応した女性教諭に「訛りがひどくてききとりにくい」と言われ激怒、学校に殴りこんだ父親は逮捕されたのだそうだ。何となく笑いたくなるような、でもちょっぴり同情から悲しくなるような、同郷人として複雑な心境だが、立ち止まって考えると、これは秋田弁の問題と言うより今流行の「モンスターペアレンツ」系事件として考えたほうがいいのかもしれない。

そんなふうに考えなおしたのは、ちょうど片田珠美さんと言う精神科医の書いた『1億総ガキ社会――「成熟拒否」という病』(光文社新書)という本を読んでいたからだ。彼女は、現代人の不安病理の特徴として、引きこもりなどに見られる「打たれ弱さ」と、何でも他人のせいにする「他責傾向」、そして「薬物依存」の3つをとりあげ、この根源にあるのは同じ病理、と喝破している。「こうありたい」という自己愛的イメージと、現実の自分のギャップが大きすぎ、ありのままの自分を受け入れられない。「自分は何でもできる」という空虚な幼児的万能感を引きづったままなのだ。こうした若者や大人が急増しているのだそうだ。栃木で逮捕された49歳の塗装工(本籍秋田県)も、秋田弁より先にその他責傾向のほうを問題にすべきなのかもしれない。
(あ)

No.505

日本文化論のインチキ
(幻冬舎新書)
小谷野 敦
なるほど、これはテーマとして面白いな。人の悪口本は若い時ほど興味をなくしていたのだが、これはいわば読み継がれている名著批判、読書論でもある。
何の疑問もなく教師から「読むべき本」としてお墨付きを与えられ、読まなければまるで何かのスタート台にすら立てないような圧力を持っていた名著やその著者を一刀両断、切り捨てる。目からうろこ本である。そのまな板に挙げられている著者は、精神分析の岸田秀、河合隼雄、ウェーバー、和辻哲郎、ラフカデイオ・ハーンといった面々。なかでも名著の誉れ高い渡辺京二『逝きし世の面影』への批判は痛烈だ。この本にすっかり魅せられていた私などは、もろに著者から刃を突き付けられたようで、落ち着かない。でも冷静になると確かに著者の指摘は当たっているような気もする。
なぜ外国に関わると文化人はナショナリストになるのか、といった観点から『国家の品格』の藤原正彦やノンフィクション作家の工藤美代子批判も読みごたえがある。最後はラフカデイオ・ハーン批判というかハーン研究の日本人たちに痛烈に言及していて最もスリリングな章だが、あいにくハーンにまったく興味がないこちらは、その意味するところの半分ほどしか理解できないのが残念。

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