Vol.545 11年4月23日 週刊あんばい一本勝負 No.539


地震日記6

事務所で宴会を開いたり、角館までお話しに出かけたり、山にも登った。
仕事が一段落したこともあるが、気分的にもようやく活動的というか、心身とも前向きにギアチェンジしつつあるようだ。いまのところ県内の狭い範囲に活動は限られているが、来週あたりからは県外にも足を延ばしてみるつもりだ。

4月16日(土) 大震災で話題にならなくなったが、数か月前まで秋田県南部は「未曽有」の大豪雪。その影響はいまだ深刻で4月半ばの今も田んぼには雪がたっぷり残っている。このままでは5月の田植えが難しい、と言う人までいるほどだ。大穀倉地帯で田植えが不可能となれば、米不足になるのは必定だ。都市に住む人たちには冗談半分に多めにコメを買っておくように勧めたりしているのだが、これも「買占め」と批判されるのだろうか。昨夜来、空から爆音のようなカミナリが鳴り響き続けている。こわい。

4月17日(日) 昨夜来ずっと雨が降り続いている。朝になって快晴だが風が少し強い。今日は本荘の東光山登山。ハイキングの山だが前夜はうまく寝つけなかった。山行の前はいつもそう。心配性で小心者なのだ。これから本格的な山シーズンがはじまるが、毎回寝不足問題をどう解決するか、山登り以上に課題である。

4月18日(月) 県議選ではまだしもだったが、市議選になったとたん朝からかまびすしい。自粛も哀悼もへったくれもない。音量を目いっぱい上げ、どなり、繰り返し、懇願する。無職の輩が安定した職場争奪戦ゲームをやっている。人生の深い歴史を刻んできたような責任を感じさせる顔はポスターには皆無だ。うんざりするが、これは「自分の写し鏡」、自分自身の醜悪さなのだ、と自戒を込めて騒音の7日間をやり過ごすしかない。

4月19日(火) 4月中に予定していた新刊や増刷がほぼ出終わった。緊張(というほど大したことはないが)から解き放たれ、しばらくはヒマになりそうだ。こんな時にはひと昔前ならすぐに旅行に出かけものだが、このご時勢、なかなかそんな気になれない。山は週末だけと決めているし、映画も本も毎日楽しんでいる。仕事をしている時間の「空き」をどう使うか、それが問題だ。事務所と家の往復では息が詰まる。
不機嫌そうな青黒い太平山に白砂糖のようなパウダーがふりかかっていた。山は雪だったようだ。

4月20日(水) 大2回目の事務所宴会。参加者8名。みんな山の気の合う仲間たちだ。それぞれ得意料理1品を持ち寄って、酒と場所は私の持ち分。5時間余り、腹の皮がよじれるほど笑いっぱなし。各自持ち寄った料理、酒類もきれいさっぱり完売。食べ物を余して捨てるのはイヤだもんなァ。月1回でこれからも続けたい。

4月21日(木) 納豆、モヤシにヨーグルトといったあたりが品不足の代表食材だが、これは盲点だった。昨日、事務所宴会のためモッツァレラ・チーズを買いに行ったが専門店やデパートでもすべて在庫なし。ナマものなので物流が元に戻らないうちはつくっていないようなのだ。マイナーな食材なので誰も言わないから、これは知らなかった。

4月22日(金) パソコンのデスクトップ画像は自分の写った山の写真を使っている。毎日自分の姿を見てうっとりするタイプなんです、ハイ。年に4回ほど四季の移り変わりに合わせて画像を替えるのだが、先日、ブナの巨木前でポーズをとる春の東光山のものに替えた。前は雪の白子森の画像で、これも気に入っていたのだが、画面左隅にうずくまってこちらを睨んでいる女性も写り込んでいた。毎日この怖い顔を見るのが苦痛だったから、ようやく解放された。 今日は角館までお話しへ。終って駅前の喫茶店「ビスケット」で昼食。帰ろうとしたらバッテリーがあがっていた。ビスケットのマスターがバッテリーを補充してくれ無事に帰ってこれた。これでバッテリー事故は3回目。30万キロ走っている車なので遠出は怖いなあ。
(あ)

No.539

私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。
(マガジンハウス)
高城剛

今が旬の女優と結婚、そして離婚(されて)で話題の人物である。日本人のほとんどが芸能マスコミ同様、「ハイパーメディアクリエーター」なる彼の職業にある種のうさんくささを感じている。かくいう筆者もその一人だが、芸能レポーターの人物評をそのまま信じるというのもあまりに大人げない。自分の知らない分野で生きている人だから、きっと何か凡人にはないものをもっているにちがいない。もしかすれば「時代の天才」の一人なのではないか。よってたかってイジめられるのはなぜ、と、そんなことを考えながら本書を手にした。が、正直なところ読み終った今も、彼が「何」を持っているのか、どんな優れたクリエーターなのか、よくわからない。住所不定なのは「日本がおもしろくないから。旅費が安くなったから。インターネットがあるから」ということのようで、海外放浪をしながら定住先がなくとも、問題はないのだそうだ。これからの時代は定住ではなくノマド(非定住)の時代、というのが著者の主張だ。一番気にかかる仕事の中身は、若いころにデジタル・コンテンツで国際的な賞を獲得した履歴があり、それが縁で世界各国からその手のオファーが引くことなくあるのだそうだ。彼が学生時代はまだバブルの全盛期、どことなく彼の空気感がバブリーなのはその時代と関係がありそうだ。

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