Vol.591 12年3月10日 週刊あんばい一本勝負 No.584


春と歯痛

3月4日 大阪ー札幌4780円という格安航空券のニュースを見るたび穏やかならざる心境になる。日頃、東北の片田舎に住むことに「劣等感」を持ったりしないが、この格安航空券だけは、なんとも心底うらやましい。自分の住んでいる地域のマイナーさを恨みたくなる出来事だ。だって秋田―札幌は片道2万5千円、信じられる? 元をただせばJR運賃があまりに高いのが問題だ。気軽に県外に飛び出せない環境をつくっているJRが、自らの運賃の高さを恥じるようにならないと、たぶん何も変わらない。この格安航空会社がその起爆剤になってほしい。

3月5日 日々春めいて行くような陽気で、すこぶる気分がいい。先日、すっきり晴れ渡り見事な山容を見せる太平山系の山並みを、路上の女子中学生たちが「あれって鳥海山だよね?」とやっていた。オジサンは近寄っていろいろ講釈を述べたかったが、かろうじて理性で押しとどめた。このことを「山の学校」F校長に話したら、「山に興味を持ってくれただけで、うれしいね」とのたまわった。う〜ん大人目線ですねえ。中学生と同じ目線で彼女らにウンチク説教しようとするんじゃない、ジブン。

3月6日 いつものことだが書名でのたうちまわっている。秋田の昭和の暮らしを描いた4コマ漫画だが、テーマはもとより漫画そのものの描き方も昭和風で古い。それが長所であり短所でもある。こんなときは書名だけでも今風に、過激で奇をてらったほうがいい。そんな思いから「あきた絶滅暮らし図鑑」とつけてみたのだが、いまひとつピンとこない。雪国の団塊世代の少年時代が舞台なので、「雪国はなったらし風土記」のようなインパクトと簡潔さが欲しい。そこが難しい。

3月7日 国や出版業界が大きなお金の動くプロジェクトを発表する。田舎の版元には縁がないから軽く聞き流す。数日後、地元企業や県から「御社の話を聞きたい」という珍しいオファーがある。面倒くせいな、と思いつつ対応する。その後で決まって気がつくのだ。先のプロジェクトと後のオファーは「連動」している。地元企業や県が突然のように地元出版社に興味を持つなんてあり得ない。「背後に何かある」「大きな金が動いている」と勘繰るのが常識だ。これができない。モーレツに「鈍い」のだ。もう何度も同じような体験したのに一向に学習できない。

3月8日 まだまだ油断はできないが、すっかり春めいてきた。「春」という明るくポジティブな言葉を担保しているのは、私たち雪国の「冬」だ。東京なんかいつも春のようで、春を痛切な思いで待ち望む、なんていう心情は無理だろう。掛け布団が一枚少なくなり、下着も長袖から半そでに。ゴミ捨てに行く時は重装備で行かずとも済み、雪かきもなし。空は晴れ上がり、屋根からはひっきりなしに雪が落ちてくる。これで本が売れてくれればいうことはないのだが。

3月9日 歯通で苦しんだ1週間だった。右奥歯に鈍痛があり神経を抜いた。それはいいのだが麻酔を打った歯ぐきや右ほほが翌日から化膿、腫れてきた。だから厳密には歯痛ではなく歯の周辺が腫れて痛い。今日予約を入れているのだが、この鈍痛と早くお別れしたい。いつもの通い慣れた歯科医なので安心はしているのだが、歯の治療に行って他の部位が痛くなるというのも、なんだかなあ。こういうのも副作用というのだろうか。
(あ)

No.584

困っている人
(ポプラ社)
大野更紗

「難病女子によるエンタメ闘病記」というオビのコピーは、うまい。読み終わるとこのコピーのうまさがよくわかる。闘病記なのにしめりっ気がないし、悲痛さもない。著者は上智大学大学院生。アジアを研究テーマにNPOを立ち上げる活動的な福島出身の25歳の女子である。元気がいいし、頭もいい。この女子が突然難病になってしまうのだ。最初の数ページで奇妙な事に気がつく。症状を的確に言い当てることのできる医者や病院がなく著者はいろんな病院をたらい回しにされる。そして奇跡的に自分の病気と真正面から向き合ってくれる医師と病院に巡り合う。そこから物語はスタートする。のだが、その医師と病院名が「匿名」なのだ。本来なら救世主のはずで一も二もなく実名でOKのはずなのに、ここに読者は引っ掛かる。これは何か後半波乱が……。実際その通りで、この医師や病院とは友好的な関係は続くものの、最後のほうには微妙な不信感や齟齬による隙間が生じる事態になる。これは医師と患者というよりも大人と若者のギャップなのかもしれない。文章がうまいのはもとより表現力もある。とくに両親の描き方は秀逸だ。実はこの本は3冊買い求めた。同年代である息子と秋田大学の新聞部の友人にプレゼントするためだ。

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