Vol.630 12年12月15日 週刊あんばい一本勝負 No.623


崩壊の先に新しい未来は見えるのか

12月8日 夕方5時からSシェフの料理教室。といっても実は2人っきりのシャチョー室宴会。最近は出来合いの惣菜はまずいので、酒の肴は自分たちで作るようになった。作ったのは白菜鍋、白菜と柿のサラダ、たらこの炒め物に〆はちょっと珍しい梅酢そば。料理を作っている最中にラジオからビービーと異様な発信音。数十秒後にかなりの横揺れがきた。地震警報だったのだ。調味料のビンをもったまま屋外へ避難。なんで調味料のビンなのか今もってよくわからない。それにしても秋田は散々だ。連日の雨に雷に吹雪の日々。追い打ちをかけるように震度4の地震。もう何日も青い空を見てない。老朽化した舎屋は揺れ放題。同じ敷地に建つ2階建のプレハブ倉庫の倒壊も心配だ。来年は立て直そう。

12月9日 雪がしんしんと降り積もっている。運が悪いことにこれから北秋田市まで車で出かける予定。積雪に恐れをなして電車で行こうかとも思ったが、本数が少なく他にも問題がありすぎる。そこまで考えて初めて気がついたのだが、今秋は五能線にも内陸線にも鳥海山ろく線にも乗っていなかった。毎年、紅葉のベスト時期に1回は地元ローカル線に乗ることを「自分に義務付け」ていた。それがうっかりというか、いやまったく忘れていた。今秋は好天の日が少なかったこと、山に夢中だったことなどが理由だが、存続のためにローカル線に毎年乗ろう、という私にしては殊勝なボランティア魂の薄っぺらさが露呈してしまった。

12月10日 昨日は吹雪の中、北秋田市(鷹巣)までお話の仕事。凍りついた暗い道を、車で帰って来るのは怖かったがノロノロ運転で無時帰還。人前で話をするのはどうってことないが車の運転は苦手だ。今日からは書庫の整理で大工さんが入る。東京出張があり、山の学校のイベントやモモヒキーズの靴納め&忘年会もある。週日ほとんど外に出ている予定だ。事故や思わぬ出来事はこうした時期にきまって起きる。慎重に、調子に乗らないよう、落ち着いて行動しよう。何せ師走だもんね。一応は忙しそうなふりをしてないと見栄えが悪いが、忘年会なるものは何十年も前からほとんど欠席の常習犯で、もう誰も誘ってさえくれなくなっている。今日はダイエットちょうど1ヶ月目。体重はこのひと月で2・5キロ減。敵は忘年会だが、なんとか意固地になってがんばるぞ。

12月11日 今日から3日間は東京出張だ。出張は好きではないが、冬は何となく太平洋側の街に行けるというだけでホッとする。秋田のある程度の富裕層の老人たちは、冬の間は都会の親族をのもとに「季節移住」する人が少なくない。知り合いでも何人か冬期間だけいなくなってしまう。その気持ちが最近分かるようになった。とにかく青空が恋しいのだ。雪に邪魔されない「普通の生活」にあこがれるのだ。体力的な問題もあるのだろうが、雪に痛めつけられて、雪に恨みを抱いて死ぬよりも、一度は雪のないところで暮らして、そこでの苦楽を知りたい、という欲求もあるのだろう。私も生涯で1度くらい、まったく雪のない冬を経験してみたい。

12月12日 東京は3日間とも青空。もうそれだけで行った価値があった。このところ毎月のように上京しているのは「本」をとりまく状況が不安定で、そのへんの核心を自分の目で確かめたいという思いからだ。出版や活字を取り巻く世界は確実に大きな地殻変動のただ中にいる。が、なかなかその変化は目に見えない。よく行く東京堂という書店は一部が喫茶店になっていたし、三省堂では凸版印刷グループの電子書籍端末「リディオ」の店頭立ち売りが威勢のいい声をあげていた。リアル書店で電子書籍端末が売られる時代になったのだ。この辺の舞台裏は田舎出版社のオヤジには伺い知れないことだが、ふと思った。楽天のコボは持っているが、こうなったら思い切ってキンドルもリディオもリーダーもみんな買ってみようか。やけくそな気持ちだが、たぶん総計3万円ちょっとの投資で、もう本を買わなくても済む「劇的な未来」をえられるかもしれない。ってなことはないか。

12月13日 新幹線が仙台を過ぎたあたりから風景は一変、雪景色。冬に上京するといつも思うのだが、日本海側と太平洋側は「別の国」なのだ。年をとるごとに、ことに冬は自分の生まれた場所を恨めしく思ってしまうのは、老化で心身とも弱っていくからだろうか。帰りの新幹線の車中はいつも憂鬱な気分だが、今回は東京駅売店で買った村上龍の新刊『55歳からのハローライフ』が面白く、夢中で読んでいるうちに秋田に着いた。計ったように最後のページを読み終わったら到着のアナウンス。そうか自分は一冊の小説本を読むのに4時間ほどかけているのか。タクシーで家に帰る途中、選挙カーの大音響で現実に戻った。そういえば東京の選挙カーは秋田のそれより静かで落ち着いていた。がなったり怒鳴ったりは嫌われるからだろう。

12月14日 ハタハタが接岸し大漁のようだ。県民としては慶賀に堪えないが、獲れすぎたハタハタを網から捨てる漁民をテレビで見ながら、ふと思った。叱られるのを覚悟でいうのだが、長きにわたる秋田の経済的低迷を生み出したのはこの「ハタハタ」と「あきたこまち」ではないのか。いつまでもコメ依存から脱却できない農業、勝手に接岸する魚を網ですくうだけの創意工夫ゼロの漁業。「恵まれた自然」という安直なフレーズにすがって技術革新も変革も考えずにすんだ環境が、秋田をダメにした元凶ではないのか。デトロイトの自動車産業が崩壊したからビル・ゲイツは生まれた。自動車産業が生き延びていたら、ビルはただのカー・セールスマン、といういい方をアメリカ人はするそうだ。これはなかなか含蓄のある言葉だ。
(あ)

No623

つくりごと
(創出版)
大熊一夫

サブタイトルは「高齢者福祉の星 岩川徹逮捕の虚構」。この副題が本書の内容をすべて物語っている。2009年の北秋田市市長選をめぐって、立候補した岩川が、運転手兼道案内として雇った二階堂甚一に渡した30万円が「票の取りまとめのための賄賂」と認定され、2人は逮捕。先に逮捕された二階堂は裁判で「単なる労働報酬である」と証言を覆すも認められず。黙秘を通した岩川は368日間、拘置所に憂悶された。2カ月分の選挙運動の報酬賃金を払っただけで、元町長で日本一の高齢者福祉の町を築いたことで有名な岩川は1年以上も留置場にはいっていた。まずはこの事実に衝撃を受け、私も何度か裁判を傍聴した。法廷での応酬を聴く限り、岩川側の圧勝に見えたのだが、判決は有罪。この裁判過程を克明に再現し解読したのが本書である。岩川有罪の根拠は、二階堂が逮捕時に供述した調書のみ(のちに本人自身が否定したのだが)。著者は「これは免罪事件」と断定するのもよくわかる。力作ノンフィクションだが、こうした選挙運動の背後にある「地域の特殊事情」(津軽選挙といわれるような)も視野に入れた記述があれば、もっと深みのあるルポになったかもしれない。同じ人間でも、立場によっては30万円を賄賂と感じる人と、労働報酬と考える人がいる。その分断は「地方的特殊性」の中に答えがありそうな気もするのだが。

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