Vol.638 13年2月9日 週刊あんばい一本勝負 No.631


絵画とウイスキーとエッセイと坪あし

2月2日 休みの日は家にこもって本を読もう、という気にならなくなったのはいつごろからだろうか。出版不況の元凶をいろいろ考えていたのだが、本好きを自認する自分自身が、いつのころからか「1日中読書三昧」という行為から遠ざかっていた。本は、寝る前か旅の電車の中で読むもの。切れ切れの時間をつぶすためのもの。他にやることがあるから読書だけに時間はかけられない……そんなふうに平然と思っている自分がいた。これじゃ人のことは言えない。本が売れないはずだ。世の中から作家(物書き)に対する憧憬や畏怖が失われているのも、日ごろから痛いほど感じている。こうして考えてみると、文学や活字文化の復権というのは、けっこう難しいことなのかも。自分自身の心の裡を覗いてみると、そんな気持ちになってしまう。

2月3日 近所の太平山前岳へ。こんな大雪でもスノーシュ―をはかずに登れる山がある、というだけで驚きだが、これは登山者が冬でも多く踏み跡がしっかりついているため、坪あしでもOKなのだ。つくづくありがたいことだと感謝。でも谷川の夏道は雪崩で危険なため、冬場は直登ルートしかない。これがけっこうきついんです。

2月4日 ちょっとだけだが「三寒四温」という言葉が現実味を帯びてきた。昨日は太平山前岳に登ったのだが山頂での食事の際、身体の真底から這い上がってくるような「寒さ」を感じなかった。1月と2月ではもう微妙に寒さのレヴェルが違うのだ。ところで、三か月を過ぎたダイエットは奇跡的にまだ続行中である。体重は順調に減り続けている。昨日の山行後、ダイエットのストレス解消とばかり、久しぶりに事務所でひとり宴会。全部自分ひとりで賄うため喰うことより作るほうに時間がとられた。おかげで暴飲暴食を楽しむことはできなかったが、今日の計量では昨日より1キロ増。このところ便通も悪い。

2月5日 直木賞作家・木内昇のエッセイ集を読んでいて、途中でこの作家が女性なのに初めて気がついた。「昇(のぼり)」と読むのだ。そういえば昔ベストセラー作家・有川浩(ひろ)もてっきり男だと思っていた。その木内の本で、〈弁当男子〉や〈女子会〉といった最近流行りの言い方に対して、男子には年齢制限があるが、女子にはない、と面白い指摘していた。「53歳・部長・離婚して弁当作りにはまっている人」を〈弁当男子〉とは呼ばない。どんなおしゃれなメガネをかけていても「46歳・課長・趣味そば打ち中年男」を〈メガネ男子〉って言わないもんね。なのに、女は20歳だろうが50歳だろうが〈還暦女子〉や〈米寿女子〉でOK。女は年齢から完全に解放され、現代のシンデレラは〈男子〉のほうなのだ、という鋭い指摘。

2月6日 新刊以外はアマゾンのユーズド(古本)で買うケースが多い。送料込みで2,3百円台と安いのだが、汚れや赤線だらけなどの問題本も多い。今回注文した本はなんと「自炊」された後の本が送られてきた。ノドの接着面が切り取られたバラバラの紙の束だ。これは本ではない。送り主は特定できる。こいつに抗議するなり、アマゾンに苦情を持ち込むこともできるが、ユーズドの仕組みを考えると(個人が勝手に営業できる)、こんなリスクも想定して利用するしかない。不愉快極まりないが、このバカ男、自炊した本でネット・ビジネスでもしているのだろうか。訴えられたらどうするんだろう。わずか数百円のために犯すリスクにしては大きすぎないか、キミ?

2月7日 ドキュメンタリー映画「ハーブ&ドロシー」を観ながら、生意気にも自分の持っている絵の行く末を考えてしまった。ハーブ&ドロシーは半生をかけ公務員の給料だけで前衛絵画を買い続け、世界有数のコレクションを作ったNY在住の老夫婦だ。彼らと比べるのはおこがましいのだが、自分にも長い時間をかけて集め、たまった何点かの絵画がある。今は倉庫に眠っているのだが、本同様これらの処分を考えている。プレゼントに使うのが一番いいのだろうが絵は個性そのもの。好き嫌いがはっきりしている。あげるにも難しい判断が必要になる。どうしようか。

2月8日 最近テレビでジャックダニエルやジムビームとか、輸入バーボンのCMがかまびすしい。ブームなの? と錯覚しそうになるが、輸入元のサントリーとアサヒビールが熾烈な販売権競争をしているだけのことのようだ。そんななか、近所の酒屋さんでバランタイン17年が4千円強で売られていた。思わず買ってしまったのは、若いころは手の出なかった憧れのスコッチだからだ。やっぱり美味しかった。ウイスキーを見直した。友人のためにビールを買い求めるつもりで入った酒屋だったのだが、ついついウイスキーまで買ってしまったのは、もしかすれば件の輸入バーボン販売権競争CMに影響されたのかも。広告って恐ろしいね。
(あ)

No631

わたしはこんな本を作ってきた
(言視舎)
村瀬学編/小川哲生著

新刊を出すたび、私たち編集者はマスコミ向けにパブリシティ用の文章を書き、新刊本に添付する。この文章を読んで多くのマスコミは本を取り上げたり、無視したりする。出版社によってそのペーパーの呼び方は違うようだが、うちでは単純に「マスコミ献本用文章」と呼んでいる。本書の著者に倣えば「シート」だが、業界で決まった言い方はないようだ。その新刊本に添付した文章を集めたのがこの本である。著者の編集者生活40年の、後半20年の間に書かれた新刊本おすすめ文章を編集したものだ。おととし、著者は40年に渡る編集者生活に終止符を打った。その記念に出版されたのが本書なのだが、もともとは著者自身が私家版で出したもの。その再出版なのだが、これだけクオリティの高い文章群が私家版で済むはずはない。商業的出版としても十分に成り立つのは自明だ。著者の後半の20年間というのは少し具体的にいえば大和書房を退職、JICC出版局(現・宝島社)および洋泉社時代である。だから洋泉社の新書が多い。とにかく読んでいると自然にその本が読みたくなる。ものすごい力を持った文章であることが、それだけでもよくわかる。何十回も読みこんで書いた文章だから、当然といえば当然なのだが、おもわず本を注文し、思ったほど面白くなくてがっかりしたりするのも、楽しい。

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