Vol.648 13年4月20日 週刊あんばい一本勝負 No.641


10キロの壁は厚く、腹立たしい

4月13日 もう何十年も「お花見」なるものをしたことがない。山に登るようになってからは輪をかけて「お花見」と無縁。山中では7月まで山桜を目にすることができるから、わざわざ見に行く必要がないのだ。今日は土曜日。県内で一番早く花が咲く男鹿半島・毛無山へ福寿草を見にいってきた。これはもう恒例行事になっている。カタクリとイチリンソウと福寿草の赤、白、黄色の豪華3点お花畑である。そのまっただなかで、F女史が野点をするという、戦国大名もかくやというぜいたくなお花見ハイキングだ。私は半東をおおせつかり、ちょっぴり緊張。お天気にも恵まれ、今年の花見ハイキングは無事終了。海も穏やかで、きれいだった。

4月14日 就職氷河期というのは90年代半ばから2000年代前半にかけてで、ロストジェネレーションと呼ばれている。稲泉連『仕事漂流』(文春文庫)は、この時代に就職した学歴エリートたち「勝ち組」の、転職やその後の生き方を追ったルポ。就職難を勝ち抜き一流の官庁や銀行、大手商社に入社したのに辞めていくのかはなぜか。大企業を辞めたある女性は「車のまるで来ない横断歩道で、赤信号になるのをひたすら待っているような気分だった」と語っている。好きなものや、やりたいことがはっきりわかっていれば、世の中にはたくさんの情報も選択肢も必要ない。そのことを理解するには年月が必要だ。私だって、そのことがわかったの最近デス。稲泉クンって久田恵さんの息子さんだよね。すごい筆力だなあ。

4月15日 日曜日は鹿角市・米代川水系の尾根筋にある犬吠森(809m)。けっこうハードな急峻と、やぶの山だ。なじみが薄いのは登山道がなく、雪でやぶが隠れている今の時期にしか登れないためだ。厳冬期は登り口までの道路が通れなくなる。登り口まで延々2時間も林道を歩かなければならない。これがきつかった。平地を歩くのはうんざりだが、急角度の斜面を目の当たりにすると、ゾクゾク心が弾む。身体がすっかり山歩きモードになっている。なんだか1人前のアルピニストになったような気分だが、それでも楽な山なんて、一度も経験したことがない。やぶが山の大敵であるのを初めてわかった。頂上のわずか20mのやぶを超えるのに10分。まるで蜘蛛の糸にからめとられた昆虫だ。

4月16日 クリーニング屋に行ったついでに郵便局へ。ATM前が長蛇の列だ。何事があったのか(一瞬ミサイルが落ちて戒厳令でも出たのかとおもった)。30分近く待って金を下ろし、クリーニング屋さんに訊くと、「今日は15日、年金の支給日だよ」と言われた。そうだったのか。世の中のそんな常識も知らず、無駄に長生きてきてしまった気分だ。ボーナスの時期にデパートが混んだり、お盆前に交通渋滞が起きたり、GW時に駅の窓口が混雑するのを、いつも、「なにか事件でもあったんだろうか?」と不思議に思い、友人たちに訊いて笑われる。それでも、ま、いいか。ケータイを持ってなくても、スーツを着なくても、ボーナスをもらわなくても、通勤ラッシュやカラオケ未経験でも、ちゃんと還暦過ぎまで、こうして生きてこられたんだから。

4月17日 なんだか毎日バタバタ。母親が入院しているので見舞いに行くと、病院入口に「ノロウイルス予防のため面会は控えること」の張り紙。病院内はマスク、手洗い厳行だ。緊張する。そういえば2週間前、体調をこじらせたのは病院見舞いの後だったなあ。なんか関係あるのかな。病院内のリハビリ施設を見学。なるほど、こんな仕組みになっているのか。いつの日か自分もこんな光景の中に溶け込みながら、老いの日々を送ることになるのだろうか。病院に行くたび、看護師というのは崇高な仕事だなあと、心から思う。怒られるかもしれないが、看護師というのは女性に向いた最高の職業ではないのだろうか。職業に貴賤はないが、ひとりでも多くの若い人が看護師という仕事に憧れてくれるような国になればいいなあ、とぼんやり考えてしまう。

4月18日 散歩の途中に寄った本屋さんで、島崎今日子著『安井かずみがいた時代』(集英社)が、「読んで読んで」と目の前で身もだえしていた。時代を駆け抜けた伝説の作詞家の生涯を描いた本だ。「この本は、まちがいなく面白い」と直感が働いて買い求めた。その日のうちに400頁近い本を読破した。内容が興味深いだけでなく、目次構成にも驚いた。取材者名がそのまま章だてになり、見出しになっている。こんな方法があったのか。著者は人物ノンフィクションでは名のあるライターだ。後半は、加藤和彦との結婚生活に焦点をしぼり、夫である加藤の人物像に肉薄していく。いろんな人から好悪入り混じった証言を引き出し圧巻だ。質の高い芸能ゴシップを堪能したような、感動もしたし、あらためて本を読む楽しみをよみがえらせてくれた本だった。

4月19日 ずっと天気に恵まれなかった1週間。机にしがみついて出不精を決め込んでいるのが常だが、今週は天候不順にかかわらず外に出ることの多い日々だった。人に会ったり、飲み会に出たり、打ち合わせがあったり、それはそれで悪いことでは、ない。身辺のよどんだ空気が一掃されたようなリフレッシュ感がある。でも、これが長く続くと、落ち着いて自分の机で「ぼんやり」する時間が無性に恋しくなる。実は今がその時なのだが、来週は東京出張が控えている。なんだかうまくいかないなあ。いつもながら、外に出た時の最優先課題は暴飲暴食を戒めること。ダイエットは10キロの壁を破れず行ったり来たり。まったくもって腹立たしい。
(あ)

No641

気になる科学
(毎日新聞社)
元村有希子

著者は毎日新聞の読者間では有名な名物科学記者である。何冊もの個人著作を持っているベテラン記者だが、毎日新聞を読んでいないので知らなかった。最近けっこう理系の人の本を読んでいる。内容が理系というだけでなく、理系の人の書いた文学やノンフィクションも好き。なんだかそれだけで(理系というだけで)アドヴァンテージのような気すらしてしまうのは文系のコンプレックスかも。理系の本は、文章を読むこと自体が楽しみというより勉強になるのが強みだ。多くの新鮮な発見を含んでいるからだ。知らないことを分かりやすく説明してくれると、単純に読者は得した気分になる。本を読んで得することはほとんどないが、理系の本はそのかぎりではない。理系の本は内容が理屈っぽくない。なんだか逆説的な言い方だが、さっぱりとしたシンプル系の文体を持った人が多い。自分にないものを持っている人に人間は弱いのかな。でもこの著者、出身は九州大学教育学部で、教員免許は「国語」だそうな。記者になってから科学畑に転身したのだそうだ。そうか、そうした前歴が文系との「溝」を感じさせない接着剤の役割をはたしているのかも。それにしても自分の言葉で相対性原理やiPS細胞などの原理を、わかりやすく中学生に教えられるようになったら、カッコいいよなあ。

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