Vol.662 13年7月27日 週刊あんばい一本勝負 No.655


映画に山に長野出張

7月20日 何の気なしに観た邦画『しあわせのかおり』にけっこうグッときた。金沢市近郊にある小さな中華料理屋が舞台だ。主人公の王さん(藤竜也)とキャリアウーマンをやめ王さんに弟子入りする女性(中谷美紀)の物語だ。いやみにならない程度に数々の中華料理が出てくる。そのどれもが美味しそう。おれって中華料理が一番好きかも、と唐突に思った。日本料理よりはイタリアン、洋物よりは中華だ。でも秋田では美味しい中華屋さんが少ない。昔はあったが、みんななくなってしまった。で、この佳作だが、監督の名前をみたらあの映画『村の写真集』を撮った人だった。なるほどなあ。田舎の小さな出来事を物語にする達人なのだ。

7月21日 今日は朝3時起きの和賀岳登山。いつもと違ってすんなり起きられた。先日の岩手山山小屋泊まりで「けっこういびきかいて寝てましたよ」と言われ、眠れないと思いこんでいるのは自分だけ、と反省したせいだろうか。で和賀岳だが初挑戦だ。県内で最もタフな山といわれている。初心者には怖くて近づけなかったのだが、Sシェフの配慮で連れて行ってもらった。下山でけっこうバテバテだったが、登りは問題なし。なんかエラいぞジブン。というわけで今度の週末は、長野出張のついでに北アルプス唐松岳に挑戦。ついでにって、調子に乗るなよ。

7月22日 今週は雨からのスタート。ハードな山歩きの次の日の雨は心身に潤いを与えてくれる美容液みたいで、うれしい。このごろは週初めに1週間の予定をシュミレーションし、心構えするのが習慣だ。今週は新しい原稿が1本入り、後半は長野出張。週末からはカミサンが海外旅行するので当分独身だ。自慢じゃないが家事はほとんど自分でやれるし、もう暴飲暴食できる年でもない。いつもとかわらぬ生活を続けながら、できればもう3キロ体重を落としたい。

7月23日 山田洋次監督『東京家族』は小津安二郎の『東京物語』の現代版リメイク映画。良い映画だと思うのだが、妻(吉行和子)が68歳で突然亡くなるシーンには強烈な違和感。私の周辺のこの年齢の女性たちは、もっと若々しく元気はつらつとしている。吉行演じるほど弱弱しくないからだ。小津の映画では東山千栄子が演じ、このときの実年齢は63歳、設定年齢は67歳だ。これは年相応で、逆に夫の笠智衆の設定が71歳なのに、実年齢が49歳、このギャップのほうが話題になった。いくら原作に忠実であっても、現代の68歳の女性が突然ぽっくり、ほとんど理由らしきものもなく逝くのは不自然だ。吉行は1935年まれだから設定年齢より10歳近く上。画面上ではなんとなく納得しそうになるが、セリフのなかに2回だけ出てくる「68歳」という言葉が、違和感と共に、脳裏にこびりついている。

7月24日 「出版ニュース」の最新号を読んでいたら、弓立社から経営移譲された元NHK記者のOさんの手記が載っていた。弓立社は吉本隆明の本を出す版元として知る人ぞ知る出版社だ。吉本を知らなくても女子校制服図鑑や猪瀬直樹の処女作、渡辺京二の著作など、個性的でインパクトのある数々の名作を出してきた版元だ。その前経営者の宮下さんは大好きな尊敬する先輩だ。まったく知らなかった。すぐにメールすると、お元気そうで、一安心。ま、宮下さんらしい選択だ。近いうちに会ってお話を聞かせてください、というと、何でも教えてやるよ、とのこと。自分たちの時代が終わりつつあるのを実感するのは、こんな小さな出来事の積み重ねからだ。またひとつ、ぼくたちの時代の大きな山が消えてしまった。

7月25日 不本意ながら毎日ある薬を服んでいる。武田漢方便秘薬だ。ダイエットをはじめてから便通が悪くなった。ギリギリまで粘って使うのを遠慮していたが(癖になるので)体重を落としたい、という誘惑に抗いがたく、使い始めて2カ月近くたつ。私の身体はもう完全にタケダに支配されている。ところで、今日から長野出張。車中で、いとうせいこう著『想像ラジオ』。実はこの作品が直木賞をとるような予感がしていた。で、落選。そこで逆に読もうと思ったのだから、なんともアマノジャク。昔からリアリティのないお話は苦手だ。この本もよくわからなかった。でも車中で何とか読破。松本でちょうど息子と会う機会があったので、本好きの息子に読了した本をプレゼント。それにしても松本ではやたら白人系の外国人旅行者が目につく。山登りなのだろうか。なにせここは「日本のスイス」だもんね。

7月26日 長野市に移動し、地元銀行発行の雑誌の対談のお仕事。善光寺のまん前にある老舗のお料理屋さんで精進料理を食べながら、地元の出版社Sさんとムダ話をしただけだ。でも舞台裏では、対談をセットしたスタッフの方々が汗だくで準備に奔走していた。申し訳ない。対談後、Sさんと2人で駅前のお寿司屋さんで一杯。もっと飲みたかったが、明日は北アルプス唐松岳に登る予定。早めに失礼して9時には就眠。お天気は大丈夫だろうか。

7月27日 北アルプスはどうやら雷雨のようなので、急きょ中央アルプス木曽駒ケ岳に山行を変更。朝5時出発の時点で天気予報をチェックし、友人のO君の機転で変更を決めた。木曽駒は標高3千mもある大きな山だが、ケーブルカーで頂上付近まで運んでくれるから、歩きは2時間ほど。ちょっともの足らなかったが、すぐ横にある「宝剣岳」まで足を延ばし、ちょっとした岩登り体験。これがスリリングで楽しかった。好天に恵まれたが、北アルプスのほうはやっぱりものすごい雷雨に祟られたようだ。木曽駒は、ほとんど観光地。ズック靴で登っている人も多くいた。
(あ)

No655

佐野眞一が殺したジャーナリズム
(宝島社)
溝口敦+荒井香織編著

 『週刊朝日』連載記事の「ハシシタ 奴の本性」が大きな社会問題になった。あの連載がはじまる前、新聞広告で「ハシシタ」というタイトルを見て、それだけで「あまり読みたくないな」と、正直思った。だから一回目の連載も読んでいない。同時に佐野さんらしいタイトルだとも思った。佐野さんとは個人的にお付き合いもあるのだが、彼の本のあまりいい読者ではない。対象へのアプローチが白黒極端で決めつけが激しい。そこが苦手なのだ。人間には裏も表もある。そのどちらか一方だけに光を当て弾劾するのはフェアーな方法ではない。ノンフィクションのだいご味はディテールにこそある。そこに尽きるのだが、彼の本にはそれが薄いのだ。でティテールがあってそこが針小棒大に表現されてしまうので、けっきょくはディテールが意味を失ってしまう。しかし本書はその筆禍事件に言及した本ではない。この事件をきっかけに、ネット世界で「炎上」した彼の盗用、剽窃問題に関するオムニバス雑誌だ。過去の著作から盗用、剽窃がいろんな識者たちによって取り上げられている。が、実はそのことにもあまり興味はない。問題はなぜそうした盗用がある作家を、出版社は大切にしてきたのか、という点こそ興味深い。そのへんの事情は本書でも「藪の中」、真相は浮かび上がってこない。目下の一番の関心事は、こうした社会問題になった事件を起こしても作家は再起できるのか、ということなのだが、私にはよく分からない。

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