Vol.658 13年6月29日 週刊あんばい一本勝負 No.651


好天続き、映画三昧、湯沢往復の1週間でした

6月22日 新刊『北海道(古語〉探訪)の出だしは好調。久しぶりに注文電話が鳴り続けた。北海道新聞に記事が出たのと同時に新聞広告も出て連動してくれた。それにしても北海道は東北各地と明らかに読者の反応が違う。正直なところ今、東北各地の地方紙に広告や記事が出ても本はほとんど動かない。北海道だけはちょっと別だ。沖縄も地元本に対して「好意的な視線」があるが、北海道にも似たような「視線」がある。前回出した北海道本の『新羅之記憶』でも感じたことだが、昔は全国どこでもこんなふうに本は地元の読者に「熱望」されていた。今はもうそんな雰囲気はどこにもない。なんだか北海道が好きになってしまった。

6月23日 日曜日なのに山にも行かずボーっとしている。久しぶりに「なにもしない時間と空間」に自分を漬け込みたい。けっきょくはいつものようにダラダラ仕事する羽目になるのだが、気分だけは休日だ。先週半ばから、プライヴェートなことで何度も湯沢市まで往復を繰り返した。そのせいでデスクワークが停滞中だ。来週片付けても何の問題もないのだが、貧乏性というか、週日はできるだけなにもない状態でいたい。早め早めに問題を処理しておきたいタイプなので、「明日できることは今日中にやる」。休日に仕事をかたずけてしまうヘンな癖がついたのはそのせいだ。功罪あるのだが、習癖なのでこればかりは簡単に治りそうにない。

6月24日 前日に明日やることをメモしておく。散歩中に気がついたことをICレコーダーに吹き込むのが習慣だ。今でこそICレコーダーは「ふつう」の文具ツールだが、20年以上前から愛好者だ。たぶん20台以上買い替えているだろう。なくしてしまったり、ズボンに入れたまま洗濯して、ダメにしてしまう。今ならスマホにもメモ機能が付いているから必要ないのだろうが、スマホは大きくて重くてじゃまくさい。おまけに頼んでもいない電話までかかってくる。やっぱりICレコーダーだ。本や食料の買い出し時にも役だつ。買うか買わないか、迷ったものをとりあえず吹き込んでおき、後で聞きなおして決めると、ほとんどが「いらない」。衝動買いなるものが無意味買いと同義なのが、よくわかる。ワンクッション置くと物欲は見事に消える。日曜日は山にも行かずにデスクワーク。前日の予定メモをすべてクリア―。こんなことは珍しい。

6月25日 早朝から個人的な用事で湯沢市までとんぼ返り。午後からは普通に仕事。懐古趣味はないが、長く同じ場所に暮らしていると20、30年前の過去と現在を無意識に比べてしまう。定点観測というやつだ。その移り変わりのギャップに嘆息したり、驚嘆したり。たとえば、高速道ができるまで県北に行くのも県南に出かけるのも宿を確保してからでなければ行けなかった。鹿角や東成瀬村なんて2泊3日の旅だ。今は県内どこでも日帰りできる。山に登ってもちゃんとその日のうちに帰ってこられるのだから、すごい。そんな便利さがよくわかったのが昨夜観た映画『カルメン故郷に帰る』だ。1951年、日本で初めて上映された総天然色映画だ。ものすごい昔ではなく、つい最近まで、フツーにみていた風景が、映画の中にはたくさんあったのだが、やっぱり時代の変遷の速度は信じがたいものがある。

6月26日 いい天気が続いています。「そろそろ雨がほしい」と家人と話しているのですが、いつもは雨や雪の心配ばかりしているくせに、ちょっと晴れが続くと「節水しようか」だから、この世はままなりません。毎日バタバタしていて余裕がないせいでしょうか、目先のことばかりが気になっているうちに日々が飛び去っていきます。かろうじてDVD映画鑑賞で「時間よ止まれ」と自己暗示をかけ、昨夜は『ジェイン・オースティンの読書会』を観ました。上質のコメディでしょうね、これは。オースティンの小説は筑摩から文庫でシリーズ化されているので早速何冊か注文。買っても読むかどうかはわかりません。本は読まなくても買うべきなんですよ、みなさん。ずっとレンタル中だったウディ・アレン監督『ミッドナイト・イン・パリ』もついに借りられました。届くまでが待ち遠しい。

6月27日 今日は仙台出張。出張といえば響きがいいが、ある私立大学でおしゃべりしてくる、というもの。仙台は雨でも降っているといいんだが。毎日好天続きで、ここのところうんざり。こんな時に限って10日以上も山とはご無沙汰だ。日曜は絶対に山(女神岳)に行くぞ。とはいっても、心の余裕は枯れかけている。なんとか「余裕」を持とうと「必死で努力」している。滑稽だ。流れに身を任せて平常心で日々をやり過ごすのが一番なのだが、どうしても「無駄な向上心」がしゃしゃり出てくる。おまけに徹底的な貧乏症だ。いまさら治したり矯正できたりすることではない。年相応に図太くなるしかないが、これもこれで「居直る」のは難しい。朝から晩までなにもしないで本を読む、なんてゼイタクは久しく味わっていない。

6月28日 期待通り仙台は雨だった。今、秋田に帰ってきたところ。学生たちに講義とは名ばかりの与太話をし勝手に溜飲をさげてきた。夜は大学関係者とウナギ屋で一杯。このところ根詰めるような仕事や出来事が続いていたので、いいリラックス出張になった。雨の仙台から新幹線に乗り奥羽山脈を越えたら、青空が広がっていた。冬とは逆のお天気現象だ。仙台は涼しくて快適だったのに、秋田は暑くてむしむし。もう月末だ。来月は今月以上に忙しくなりそう。体調さえ崩さなければ何とか乗り越えられそうだし週末は久しぶりに山(女神岳)にも行けそうだ。いいことは長く続かないが、悪いこともそうそう長くは続かない。長く生きてきて、ちょっぴりそのあたりのことはわかるようになった。
(あ)

No651

仕事漂流
(文春文庫)
稲泉連

この人の本を読むのは初めてだ。大先輩であるノンフィクション作家・久田恵は、この著者のお母さんだ。高校を1年で辞め大検で早稲田大学に入った体験を綴ったルポで、ある賞を獲得、ライターの道を歩み始めた若者だ。サブタイトルは「就職氷河期世代の「働き方」」とある。「転職」という切り口で、同年代の働く若者たちを取材した優れたノンフィクションである。1990年代中ごろから2000年代前半にかけて、その就職氷河期に企業社会への第1歩を踏み出した世代をロストゼネレーションと呼ぶ。そんな厳しい時代に中央官庁や銀行、大手商社に入りながら、あえて途中でやめてしまった学歴エリートたちに焦点を当て、長時間かけて取材した物語だ。取り上げた「学歴エリートの勝ち組」は八名。それぞれ立場や職種は違うものの、よりよい生き方(仕事)を求め、仕事を漂流する(やめる)選択をした、考える若者たちの群像劇である。苦労して入った会社も、まるで学校の延長のような息苦しさに、ある女性は、「車がまるで来ない横断歩道で、赤信号が青になるのをひたすら待っている気分」と表現している。なるほどなあ。そのぬるま湯的な苛立ちは、就職とは縁のなかった私にもよく分かる。それにしても著者の文章は丹念で隙がない。取材は丁寧で信頼が置ける。取材対象者との距離の取り方も、何十年もキャリアのあるベテランライター顔負けで頼もしい。このまま成長すれば、日本を代表するノンフィクション・ライターになる可能性があるのだはないだろうか。

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