Vol.833 16年11月26日 週刊あんばい一本勝負 No.825


首巻しながら月末スパート

11月19日 ボブ・ディランのノーベル賞授賞式欠席理由には笑ってしまった。「先約がある」というのだからすごい。先約の相手は困惑というか迷惑というか、いたたまれない気持ちになりそうだ。ノーベル文学賞の欠席者は過去にも劇作家のピンターやイェリネクなど何人かいる。大江健三郎だって辞退するのではと憶測が流れたし、村上春樹だってその可能性がないわけではない。昔、わがウディ・アレンも、アカデミー賞授賞式をクラブ出演(映画監督以外にクラリネット奏者でもある)を理由に欠席したこと。そういえばアレンは俳優に主演依頼するとき、台本を直接俳優本人に届け、その場で読んでもらい諾否を確認、その場で台本を返してもらうという手続きをとったそうだ(今もそうだと思う)。アイデアが盗まれるのを恐れたためだろうか。

11月20日 今日は横手の黒森山。山頂小屋でSシェフ特製の「芋の子汁」。山形バージョンの牛肉味噌味。帰ってきたのは午後3時。そのまま駅前に出て市立千秋美術館で「木村伊兵衛の秋田」展。秋田市が公費で買った150点の木村の写真が展示されていた。手前みそだがうちでも岩田幸助の『秋田』という写真集を出している。岩田さんには木村の撮影に同行し、ほとんど同じようなシーンを少し角度をたがえて撮った写真が多くある。それ等の作品を写真集に編んだのだ。編者のカメラマン英伸三さんにいわせれば「こと秋田に関しては岩田さんの写真が木村より上」だそうだ。アマチュアカメラマンと木村伊兵衛を比べるのはおこがましいが、秋田を見つめ続けた時間と経験の差が写真には如実に表れていた。木村の秋田はまだどこか薄っぺらい。英さんの言う通り、岩田さんのほうが圧倒的にいい(と木村の写真を見て思った)。

11月21日 食欲の秋。おかげで一向に体重が減らない。デブにとっては深刻な問題だ。食べないに越したことはないのはわかっている。わかっているが湯豆腐ひとつとっても食べ過ぎる。おしんこひとつとっても食べ過ぎる。何を食べてもおいしい。おまけに先週末で歯の治療終了、ガシガシのみこめるようになった。食欲の秋にダイエットというのは一番効率悪い選択だ。でもやるしかない。今週1週間で2キロ減が目標だ。

11月22日 今朝の地震は自分的に想定内。このところ微弱な地震が頻発していたので「そろそろ大きいのが来るな」と心の準備はしていた。昔から地震には敏感だ。というか家の建っている地盤が湿地跡なのでちょっとの地震でもよく揺れる。震源はてっきり秋田だと思ったのだが福島。今日は2つの打ち合わせ。朝から角館で一つ、午後から事務所で一つ。これから角館に出発だが角館にはほかの県内地域にはない出張の楽しみがある。秋田県で唯一といっていい手打ち蕎麦屋さんが複数あるのだ。秋田は全国でも珍しい蕎麦屋さん不毛の地。お昼に手打ち蕎麦を「食べられる」のだけでも僥倖なのだ。

11月23日 祭日だが、なんの休みだっけ? ……勤労感謝の日か。Sシェフの案内で男鹿周辺ドライブ。たまには海を見るのも悪くない。えらく高いラーメン(950円)を食べ、男鹿にはまっとうな食事処がほとんどないことに気が付いた。午後3時には事務所に戻り「おでん宴会」。外は雪、熱燗がうまい。Sシェフのおでんも抜群の味だった。おでんはグツグツクタクタ煮込むのがうまいというのは嘘っぱち。はんぺんなんて最後に鍋に入れて2,3分でつっつき、ひたすら新しいスープを足し、練り物をポンポン放り込む。なるほど具材がフレッシュでいくらでも腹に収まる。これは目から鱗の食べ方だ。夜6時には全員すっかり出来上がった。ほろ酔いで小雪舞い散る中を散歩。体重はまた増えてしまった。でもここ数日、間食はひかえ甘物もとっていない。

11月24日 「戦国時代の墓ってないのは、なぜ?」とある人に訊かれた。中世の死生観では「死者はこの世にいない」と考えられていた。そのため死者は土葬で匿名のまま葬るのが基本だった。農民の定住化が始まり、「イエ」意識が芽生え、死者(先祖)は身近で見守り続けている、という死生観ができるのは江戸時代になってから。それが火葬(遺骸が大事)や墓地(悪さをしないように閉じ込める)の考え方を生み、死者を大事にしないと祟り(幽霊や災難)があるという思想が、寺に集合墓をつくるきっかけになっていく。『死者の花嫁―埋葬と追憶の列島史』によれば、どうもそういうことらしい。個人が墓を持つようになったのは江戸も中頃に入ってからのことなのだ。寺の墓も同じ。そういえば昭和40年代まで秋田では土葬が行われていた。その最後の土葬を記録した写真を見せてもらったことがある。土饅頭に板碑で実にそっけない。「最後の土葬」という写真集をつくろうと企画したのだが、遺族側から許可が下りず、断念した。

11月25日 外は雪。寒さには強いが年をとってから手足の冷えがひどくなった。手袋をして仕事をするわけにもいかずお手上げだ。やむなく身体が温まるまで首巻をしている。足のほうは50代からモモヒキを履くようになり靴下も厚目、これでだいぶ冷えは緩和された。なのに手の指先の冷えは一向に改善に向かっていない。手足の冷えが尋常でないことに気が付いたのは夏山だった。汗っかきなので山頂に着いたとたん汗が引く。それと反比例してモーレツに手足が冷たくなる。真夏に手足が冷えて震えるのだから、これはけっこう怖い。今日も不本意ながらストーブの横で首巻をしながら仕事をしている。月末に加えて冬DMの最終作業で、最後の踏ん張りどころだ。
(あ)

No.825

絵に描けないスペイン
(幻戯書房)
堀越千秋

 マドリッド在住の画家・堀越千秋さんが亡くなった。同い年の67歳だ。ANAの機内誌「翼の王国」の表紙絵を描いていた人、と言えばおわかりの方も多いかもしれない。この人の絵を使った「武満徹全集」(小学館)はこれまで見た装丁のなかでも最も感動したものの一つだ。その本を編集したOさんに伴われて日本での個展に出かけたこともあった。好きな画家だ。その堀越さんの追悼画集がOさんの手で出る。600頁に及ぶ大型本なので資金はクラウド・ファンディングで調達するという。サイトが公開されたので資金調達に協力した。不特定多数によるネットでの資金調達がこれからは出版の一つの「方法」になっていくのかもしれない。サイト公開からわずか4日ほどで300万円を突破。目標は800万のようだが、この勢いなら数日中に達成まちがいない。わずかな金額(2万円)だが資金調達に協力して、あらためてエッセイストでもあった画伯の本を1冊も読んでいないことに気が付いた。アマゾンのユーズドで買い求めたのが本書だ。絵も素晴らしいが文章も素晴らしい。スペインや日本での暮らしや交友が哀感豊かに、ユーモラスで繊細な筆致で描かれている。日本での交友関係者の中に装幀家の毛利一枝さんがいた。博多在住の毛利さんにはウチも2冊の本の装丁を依頼している。日本は狭い。

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