Vol.881 17年10月28日 週刊あんばい一本勝負 No.873


クマと酒と本の未来

10月21日 『北海タイムス物語』(増田俊也)は抜群に面白い。スタルヒンや大鵬を「白系ロシア人」と書いたり言ったりしてきたが、「白系」というのは「色の白い人」という意味だと思っていた。ロシア革命で亡命した人たちを、革命派赤軍の反対の人々として「白系」と呼んだ、なんてこの本を読むまで知らなかった。知らなかったことがもう一つ。ルネッサンスの三大発明。活版印刷に羅針盤、ここまでは何とかこたえられるが、もう一つがわからない。黒色火薬だった。あの名作『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の著者の自伝的小説だ。なのだが主人公はまったくの創作人物のようで、他の登場人物に自分自身を投影させているという珍しい手法をとった自伝小説だ。

10月22日 朝一番で東成瀬村へ。あいにくの雨だが県南部に入ると雨は小ぶり。今日は村のスポーツ大会の取材。ただのスポーツ大会ではない。クマ撃ちのマタギたちによる「ライフル射撃大会」だ。村の腕自慢たちが愛用のライフルで200m先の的を撃ち得点を競う。村内スポーツ大会に射撃があるっていうのもこの村ならではの狩猟文化が深く息づく地域なのだ。射撃場は大柳キャンプ場のそばにだが何度か道を間違え開始時間に30分以上遅刻。自分の方向音痴にほとほと落ち込み、車の運転そのものをやめたくなった。

10月23日 日本酒がおいしい。ワインだ焼酎だウイスキーだと声を荒げても、冷ややかな秋風が吹き出す時期は常温で飲む日本酒が格別。先日、山仲間のT女史から「これうまいよ」と天の戸の「夏田冬蔵」をいただいた。「夏田冬蔵」は杜氏の森谷さんが書いたうちの本の書名だ。そのことをTさんは知らないようだが何の問題もない。その森谷杜氏から焼酎用黒麹で仕込んだ「天黒樽熟成」というお酒をいただいた。ワイン樽で寝かせたものだ。酒に関してはプロ中のプロ・種麹屋Kさんが「今年の秋田の酒ナンバーワン」とすすめてくれたもの。秋はやっぱり日本酒ですよ、ご同輩。

10月24日 今年はクマが話題になる年だ。秋田市内にもひょっこり出てくるのだから話題になるのもしょうがない。昨日はそのクマの写真集の打ち合わせ。担当は新入社員なので詳しくはわからないが、狩猟解禁により今冬の捕殺頭数は58頭と決まったそうだ。自然保護の観点から捕殺は生息数の1割と上限がある。県の発表では今年のクマの生息数は1013頭で、そのうち533頭をすでに捕殺。約半数が消えているわけで残る600頭のうちの1割を捕殺してもいいという計算だ。でも識者に言わせれば「秋田市内だけで1000頭いる」というのだから県の数字もまゆに唾つけたほうがいい。ここ数年で急激にクマの目撃例が増えたのは、ひとえに人が入らなくなって山は荒れ、クマの隠れ家が増え、生活圏が人里付近まで広がったからだ。私たちのすぐそばにクマはいる。

10月25日 「なすガッコ」(茄子の漬物)が大好きと公言しているので、いろんな方からいただく。それをツマミの晩酌が楽しみな日々だ。いっぽうエアロビで痛めたヒザの調子は今一つだ。散歩したりプールで泳いだりを続けているのだが、ヒザの使用頻度が上がるとボッーと患部が熱を持ち重ったるくなる。Sシェフの言うとおりだ。痛みはないのに使うと違和感がある。肉離れはそう簡単には治らない。ケガをした初動の安静が一番大切。動けるので無理をすると治りが遅くなる。Sシェフの言うことをちゃんと聞いておくべきだった。後悔しても遅いが、普段の生活には何の支障もない。それが余計悔しい。

10月26日 昨夜の夕食はいろんな偶然が重なりブラジル料理。メインは通販で入手したフェジョアーダ。豆と豚のカレーライス風の煮込み料理だ。アフリカの奴隷たちがブラジルに持ち込んだといわれている。お酒はもちろんピンガ。地元のサトウキビ焼酎で、これに砂糖とレモンを入れてクラッシュアイスに注ぎ込む。カイピリーニャというカクテル名だ。少し呑みすぎで夕食が終わるころにはフラフラ。カミさんに「もういい加減にしなさい」と怒られた。ブラジルにいるようなフワフワとした明るい開放感があり、身体の中にあの国独特のゆるくて甘ったるい熱帯の風が吹き抜けていく。

10月27日 文春の社長が図書館大会で「文庫の貸出をやめて」と悲痛な訴え。雑誌専門の図書館「大宅壮一文庫」が利用者減で存続が危ぶまれている。もう本に未来はないのか。こうした「事件」の細部に未来の希望の種は隠れていないのか。ある作家は、自分の知らない世界に出合えること。自意識から開放されて自由を味わえること。この2つを「読書の効用」として挙げていた。この人は書店の岩波文庫の棚の前に立ち、目をつむって1冊を抜き、好き嫌いに関わらずその本を読み切るという本の選び方をしていたそうだ。世はデジタル全盛だがアメリカでは紙の書籍の売り上げがこの2年間伸び続けているそうだ。デジタルからアナログへの揺り戻しだ。本の世界の未来は不透明だ。だれにも1年先はわからない。そんな世界に自分が生きている。
(あ)

No.873

震災風俗嬢
(太田出版)
小野一光

 本書は東北大震災関連で出た本では「究極もの」と言っていいだろう。こうした本は必ず出るはず、と予想していた。まるで甘物に群がるアリのようにミソもクソも一緒だった震災直後の「震災本」ブームは、無残に去った。そろそろ本物が出てきてもおかしくない時期だ。時間がたち記憶が風化すると「震災」は見向きもされなくなる。そんな時期にあえて出された本書は、それだけでも本物の可能性が高い。読んでみると、そのショッキングな書名と裏腹に、どぎつさやあざとさはみじんもない。もうここで好感が持てる。著者は北九州市の出身のフリーライター。「戦場から風俗まで」をテーマにこれまでも何冊もの本を書いている。主に活躍の場は週刊誌で、この風俗テーマも断続的に週刊誌に書いたものを中心に編んだもののようだ。取り上げられている風俗嬢のイメージに少し戸惑った。明るいわけではないが暗くもない。パターン化していない。風俗店の雇用主の許可を得ての取材なので、ある程度のフィルターはかかっているが、そのてんをさっぴいても、東北大震災の断面を、風俗嬢の目を通して切り取ってくれた。記憶に残るルポだ。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.877 9月30日号  ●vol.878 10月7日号  ●vol.879 10月14日号  ●vol.880 10月21日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ