Vol.952 19年3月16日 週刊あんばい一本勝負 No.944


東京で考えたこと

3月9日 面白い本に当たると夜の読書タイムが待ち遠しい。それが度を越すと散歩で駅ナカの喫茶店に寄り道し、夜を待ちきれず本を読んでしまう。今読んでいる本多正純の生涯を描いた諸田玲子『梅もどき』(角川書店)も面白い。本多が幽閉された横手が舞台なのだが、これも実は物語の中に「秋田」はまったく出てこない。秋田に幽閉される前の本多正純の激動の半生と恋が物語の主流で、当時の複雑な徳川政権の舞台裏を知るには恰好の本でもある。本多正純と言えば徳川家康にとって安倍政権の菅官房長官のような存在だ。それが紆余曲折の果て秋田に飛ばされ、横手に幽閉され、その死の直前に昔の栄華盛衰を病床から思い起こし語り出す、という構成なのだ。

3月10日 今日は院内岳。田沢湖の横にある700m強の山だ。山頂までは3時間近くかかるからスノーハイクというほど甘くはない。眼下に田沢湖の威容が美しいのだが、急坂の連続でほとんど冬山登山。山頂でのランチでは足に少し痙攣の予兆があった。風もなく青空も時折顔を見せる絶好のコンデションだった。

3月11日 3月11日に東京出張だ。8年前のことを思い出す。お昼を食べてから散歩。その路上で地震。道路が波打っていた。日本海中部沖地震でも震源地のそばの能代沖を車で走行中だった。道路が波打ったので「あっパンクした」と路肩に車を止めた。パンクはしておらず他の車も何事もないように走りすぎていった。能代での打ち合わせを終え、帰ろうとしたら道路は渋滞、まったく動かなかった。家に帰り着いたのは真夜中だった。東日本大震災は太平洋側の津波被害があまりにも大きく日本海側の被害はあってもなかったようにしか報じられなかった。日本列島は狭いと思っていたが太平洋側と日本海側の「距離と疎遠さ」に呆然とした。今も両者の距離は縮まってはいない。奥羽山脈を横断する交流は、ほぼゼロと言っていいのだ。

3月12日 東京の青空を見上げると建築用の赤いクレーン車がビルの上に乱立。未来の廃墟を入念に準備しているなあ、と皮肉のひとつも言いたくなるバブリーな光景だ。昨日まであまり人のいなかったお店に急に外国人たちの行列が出来たり、丸の内のお昼時は色とりどりの弁当屋さんの車が並び世界中のランチを売っている。行くたびに東京はまるで知らない国に来てしまったような違和感を強く起こさせる都市にかわっていく。電車に乗ると「埼玉に移住」のけっこう深刻なポスターが貼られている。街で会う若い女性たちは一様に苦しそうで憂欝な表情をしているのも気になった。

3月13日 廃業する『出版ニュース』社のオーナー兼編集長のKさんと市ヶ谷で一献。70年の歴史ある雑誌の廃刊というのは、ちょっと想像を絶するが、わが出版業界の指針として先頭を走り続けてきた雑誌だ。Kさん、長い間、本当にありがとうございました。翌日は東京オペラシティで石川直樹の写真展。1200円の入場料を取るだけの価値はあって、ゆっくり見るとゆうに2時間はかかってしまう内容充実の展示だった。

3月14日 電車の中では南原幹雄『名将佐竹義宜』(角川書店)を読了。なぜ佐竹義宜は関ヶ原の戦いで「徳川支持」の旗幟を鮮明にしなかったのか。本書でよくわかった。義宜の揺れ動く心理描写が巧みで、どこまでが史実で、どこまでが作家の想像力なのか、歴史家でない私には全く分からなかった。こうした時代小説を読むと作家の史料の読み込みの深さや密度、眼光紙背に徹する洞察力に、ひたすら素直に敬意を表したくなる。

3月15日 東京のランチで気が付いた2,3のこと。3・11の起きた時間帯にランチをとることになり神保町で行列のできる「焼きそば屋」に入った。普段はそんな店など絶対に嫌なのだが、後々まで記憶に残るランチにしたかった。でも、味が濃くふつうに不味かった。普通の店だったのに急に行列ができていたカレー屋やハンバーグ店もあった。並んでいるのはほとんど外国人で、たぶんSNSで外国の観光客の間に広まったものなのだろう。丸の内の昼時の風景にも驚いた。色とりどりの車がビルの下で行列を作り、世界中の料理を弁当にして売っていた。 
(あ)

No.944

恐怖の男
(日本経済新聞出版社)
ボブ・ウッドワード・伏見威蕃

 あの『大統領の陰謀』を書いたボブ・ウッドワードの本だ。トランプのでたらめな政権運営の、その意思決定の仕組みを克明に描いたもの、という触れ込みだが、なかなかその世界にうまく没入することができなかった。これはノンフィクション作品としては致命的ではないだろうか。もしかすれば翻訳の問題なのかもしれない。登場人物も多く、その人物たちが略称で記されている。わかりずらくてとにかく読みづらい。側近のなかでもあえて2,3名を中心人物に据えて、その周辺で事件が動くようにすれば良かったのかもしれない。アメリカではベストセラーだそうだが、この内容では日本で売れないかもしれない。版元が講談社や早川だったら、もう少し違う本になっていたにちがいない。翻訳者はウッドワードの文体やリズムを生かすべく日本語に無理やりそのニュアンスを閉じ込めたつもりだろう。でもうまくかみ合っていない。トランプの側近たちへの直接取材で成り立っているノンフィクションなので、その多くが弁護士や軍関係者だ。会話のレベルが特殊なので、翻訳者としてはどこまでの註解が必要なのか、難しい判断が迫られる内容だったのかもしれない。

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