Vol.971 19年8月10日 週刊あんばい一本勝負 No.963


クマと遭う

8月3日 「病気」の2字に極端に弱い。非健康的なものは日常生活から極力排除しようとする。なのに、どうしても「できない」ことがある。朝の早起きだ。布団に入ってから本を読むので、面白ければ1時だろうと3時だろうと読み続けてしまう。夜12時前に就眠するのが難しいのだ。仕事も、午前中はダラダラで、夕食後からがぜんやる気がでるタイプ。これを「健康的な」朝型に替えようと何度か努力してみたが、いつも挫折。このままでは死ぬまで不可能だ。何かいい方法ないかなあ。

8月4日 鳥海山鉾立登山口から新山へ。朝4時起床で5時出発。登り始めたのは7時。駐車場は県外の車でほぼ満杯。体調は良好で4時間歩き続け、山頂まであと40分というあたりで、戻ってきた。Sシェフの決定だ。この山はピストンでランチも入れて11時間ほどの所要時間を見るのが常識。登山口には夕がた5時までには帰っていなければ危険だ。そこから逆算して登山開始時間は余裕を見て朝5時。私たちの出発はそれより2時間遅れている。これでは頂上に立っても帰ってくるのは5時を過ぎてしまう可能性がある。「今日は行けるところまで行って帰る」というのがSシェフの最初からの皮算用だったようだ。それにしても暑くて4リットルの水がすっからかん。

8月5日 鳥海山だったのに筋肉痛がまるでない。最近は「疲れをとりながら、ゆっくり歩く」というイメージで登っているのがいいのだろうか。今週はちょっと忙しくなりそうだ。新刊の原稿2本をしっかり読んで朱を入れる。飲み会もあるし、カミさんがずっと夕飯時に不在なのでメシも作らなければならない。せっかく減った体重をちゃんと維持できるかも不安だ。

8月6日 一日中、ある原稿に朱を入れる作業に没頭したら、頭にカスミがかかってきたので、急いで中止。先日、鳥海山を登りながらもずっと「死ぬって、鳥海山に登るより苦しいことだろうか?」と考えていた。重い荷物を背負って(それも自分の飲む水だ)、死ぬよりも苦しそうなことを楽しんでいるって、酔狂以外の何物でもない。登山には陶酔感もあるし達成感や心地よい疲労感がある。この疲労感が身体にこびりついた不安や焦燥や混迷を吸い出してくれる重要な要素だ。

8月7日 家庭菜園で育てたジャガイモをいただいた。イモ男なのでジャガイモさえあればニヤニヤしてしまう。キュウリもトマトもよくいただくが、どれもスーパーで食べるのとは一味違う。プロの農家より素人野菜のほうがおいしいというのも面妖だが、これは手間暇かけて無農薬で育てているからだろう。先日の鳥海山下山後、真っ先に食べたいと思ったのが「生野菜」だった。肉や魚は疲れ切った身体が受け付けてくれない気がしたからだ。

8月8日 うちの本の書評が載った「信濃毎日新聞」が送られてきた。この地方紙を見て日本は広いなあ、と少し驚いた。8月4日づけの一面トップ記事は「山小屋荷上げ 1社頼み懸念―東邦航空相次ぐヘリ故障」だ。さすが日本のアルプス、山岳輸送ヘリの問題がトップ記事なのだ。お国柄というやつですな。もう一つ。近所の横金線上に「スタディ・ハウス」なる学習小屋ができていた。一軒家に所狭しと子供たちがあふれていた。「塾」ではなく有料の「勉強室」だ。個室ではなく長机にビッシリ子供たちが取りついている。各々でかってに自習する図書室のような空間なのだろう。これは面白い。

8月9日 金曜だが休みを取って山行。八幡平の焼山だ。平日だし、クマ・メッカとなりつつある八幡平なので、かなり不安だった。不安は的中し、下山口付近で大きなクマと鉢合わせ。敵は木道横にどっかと腰を下ろして夢中で水芭蕉を食べていた。至近距離なのでこちらの存在に気が付いているのに、まったく逃げる気配がない。大声も笛もまるで効果がない。クマよけの「まじない」は何一つ「効かない」とわかりショックは大きい。食事が終わって面倒くさそうにやぶの中に消えていったが、いつ戻ってくるか、温泉の駐車場に着くまで安心できなかった。3人のパーティだったが、リーダーのSシェフはさすが冷静で、これは心強かった。本心では「写真を撮ろうと思っていた」というから強心臓というか半分アホだ。食事に夢中でしばらく動きそうにないので興味と怖さ半分、近くに寄って様子を見ようと思ったら「スプレーを持たないで近づくな」とSシェフに一喝された。これだけ至近距離に80キロ近いクマがいるのに、3人とも冷静だったのは、なんだか気分がいい。でももうしばらく山は遠慮したい気分だ。
(あ)

No.963

帰りたくない!
(知恵の森文庫)
茶木則雄

いやはや前にも読んでいる本なのだが、今読んでも昔以上のインパクトで面白いというのは私が成長していない証なの。こんな面白い「作家」がこれ以降、本を出していないというのも不思議と言えば不思議だ。著者は80年中ごろから90年代中頃まで神楽坂の登り口で『深夜プラス1』というミステリー専門書店を開いていた。その当時、「本の雑誌」の依頼で連載したのが本書だ。残念ながら本屋は96年に閉じ、フリーライターに転じた。この筆力なら売れっ子間違いなしと思っていたら、02年にはまた書店の現場に復帰している。現在も書店勤務のようだ。ちなみに97年に連載元の本の雑誌社から出た『帰りたくない!』を単行本で読んでいる。そして本書は06年に光文社の「知恵の森文庫」で文庫化。そしてたまたま19年の現在、この文庫を読んだ。昔の単行本のコーフンを思い出した。まったくどこも古びていない、完ぺき無敵の書店員日記である。こうした逸材を見逃さない「知恵の森文庫」も大好きだ。

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