Vol.977 19年9月21日 週刊あんばい一本勝負 No.969


「音」はもう面倒くさい

9月14日 この頃、むやみやたらと事務所にカミサンが出入りする。ちょっと前までこんなことはなかった。職住接近なので「家と事務所」は別世界と、敵も認識していたはずなのに、まるで境界のハードルが消えたかのように気軽に事務所に入ってくる。玄関の階段の歩幅が狭くなり簡単に昇降できるようになったためだった。以前は段差のきつい階段を上り下りするのがしんどくて来なかっただけ、と理由が判明した。以前の玄関段差は家と事務所の「結界」でもあったわけだ。

9月15日 三連休のうちの1日ぐらいは山に行かなくちゃ、と半ば義務感で秋田駒ケ岳へ。岩手県の国見温泉登山口側からのSシェフと2人だけの山行で、女岳登頂を目指す。3時間20分で山頂へたどり着いた。薄曇りで山中には秋の風が吹いていたが、噴火口のある女岳は山自体が地下のマグマで暖かかった(いや熱かった)。登りながら、Sシェフ夫人からマラソンの「実況放送」がケータイにしきりに入った。おかげで男子の35キロ過ぎのドラマチックなレースの攻防も山頂付近でちゃんと知ることができた。

9月16日 三連休の最後だが仕事中。本にトラブルが生じ事後処理のために対応しているのだが連休中なので、どことも連絡が取れない。敵が見えない闇夜に鉄砲を撃っている感じだ。イライラすると腹が減る。むしゃくしゃするから、おいしいものでも食べてストレスを発散する。これが怖い。天ぷらうどんを食べた後にダテキミ一本、あんパン一個を追加食い。明日の体重計は1.5キロ増間違いなし。

9月17日 三連休中に稲刈りが見られるだろうと思っていたが、うちの近所はまだだ。県内全体は10月下旬にならないと本格的に始まらないのだそうだ。この頃は過疎の村に行っても田んぼには大型のコンバインが目立つ。家族総出の稲刈り風景なんてとんと見かけなくなった。高齢化が進み、農業公社(会社)に田んぼを売ってしまった農家が増えているのだ。

9月18日 昨夜は「ひとり呑み」としゃれこんだ。事務所ではチョコチョコ一人で呑んでいるが、ひとり外で呑むのは久しぶり。行くところは「和食みなみ」以外にない。コースメニューを頼み(もうアラカルトていろいろ注文するのが面倒くさい)、角瓶のソーダ割をチビチビやりながら最後のデザートまで黙々と飲食する。アラカルトで注文しないのは、いっぱい食べてしまうから。コースだと分量少なく品数多いから、自分には合っている。で1時間ちょっとで飲食は終了し、きれいなお月さんを見ながら、家まで歩いて帰った。

9月19日 秋田市にある県立美術館の建築設計は安藤忠雄なので、美術展示物よりも彼の「建築作品」をみるためにだけ訪れる人も少なくない。新幹線・秋田こまちの車両デザインは奥山清行だ。あの屋根から鼻づらの上品な赤はスーパーカー「フェラーリ」と同じ色だ。奥山は山形の人だが、フェラーリの代表的デザイナーの一人でもある。新幹線の大曲駅の駅舎もかっこいい。建築家・鈴木エドワードの作品だ。本人もモデル並みの容姿なのでウイスキーのCMなどに登場しておなじみの人だ。その鈴木エドワードが71歳で亡くなった、と今日の新聞に報じられていた。同じ死亡欄には「高須甚仁」の名前もあった。こちらも71歳で、90年代以降の芸能人のヘアーヌード写真集を一手に仕掛けた出版プロデューサーだ。もう同年代のこちらも、いつ逝ってもいい領域に入ったことを自覚させられた。

9月20日 最近静かな環境で仕事をしている。以前は事務所に入るとすぐラジオのスイッチをいれ、、FM音楽を垂れ流しながら仕事。昼は一人のカンテン・ランチは寂しさが募るので、テレビをオンにし、気を紛らしていた。この頃はどちらもご無沙汰だ。音や言葉がいちいち気になって集中力が低下するからだ。これを安易に「年のせい」にしてはダメなのだろうが、「シンプルこそが好ましい」という心境になりつつあるのは確かだ。いろんなものが少しずつ自分の周りからそぎ落とされ、最後は身一つでおさらばする、というのはちょっとカッコよすぎるか。
(あ)

No.969

罪の轍
(新潮社)
奥田英朗

 2晩夜更かしして読了した。昭和38年、東京オリンピック前年の男児誘拐事件を描いた犯罪ミステリーだ。人が殺される小説にほとんど興味はないのだが、奥田のこの作品は、あの名作『オリンピックの身代金』の前哨ともいえる物語だ。「電話」が庶民にとってまだ高根の花だった時代の物語をIT全盛期の今書くことだけでも作家としては勇気がいるはずだ。さらに「方言」「貧困」「莫迦」という3つのマイナーな世界も物語の重要なキーワードだ。ここで内容を書くわけにいかないが、今年ベストワン小説は揺るがないと思った井上荒野著『あちらにいる鬼』に匹敵する傑作。さらに言うなら高村薫著『レディ・ジョーカ―』に並ぶほど感動した『オリンピックの身代金』をもう一度読み直してみようと思った。それほど内容に引き込まれてしまった。『身代金』の主人公は貧しい秋田、仙北出身の若者だった。東大を出て一人敢然と国家にテロを仕掛ける物語だ。そして今回は一転、主人公は北海道の漁師見習の「莫迦」と子供たちから呼ばれる知的障害を持った若者だ。600ページもの長編だが、久しぶりに読み終わるのが惜しいと感じた本だ。

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