Vol.1007 20年4月18日 週刊あんばい一本勝負 No.999


なぜか静かで穏やかな日々

4月11日 地球儀で確かめてみるとブルガリアはギリシャに近い場所にあり首都はソフィア。昨夜、たまたま見た映画が『さあ帰ろう、ペダルをこいで』というのがブルガリア映画だった。80年代に親子でドイツに亡命し25年後、祖国に帰る途中で交通事故にあい記憶を失う。事故を聞いてブルガリアから駆け付けた祖父と主人公は自転車(二人乗りのタンデム自転車)でヨーロッパを横断してブルガリアまで帰る。後半から明るいロードムービー風映画になる。共産主義の暗黒という政治テーマまで盛りこんでいるが、祖父のキャラクターが明るく救われる。当時のブレジネフ体制の暗黒恐怖政治のすごさは十分伝わってきた。

4月12日 カミさんから「洗濯物の数が多い」と怒られる。年をとってキレイ好きになった、などと言い訳していたが、ここ数か月、週に2度はシャチョー室で料理を作っている。ジャージャー麺のソースからローストビーフ、卵料理からちょっとした副菜、カンテンに冷凍おにぎり、カレーに餃子と、そのレパートリーも少しずつ増えている。さらに毎日「ぬか漬け」をかき回すルーチンワークもある。調理のときはエプロンするのだが、このエプロンの汚れ具合がハンパない。そうか料理の機会が増えたことが洗濯物の多さと比例していたのだ。

4月13日 仕事はヒマだが、いつもと変わらず定時に判で押したように出社。山行がないので土日も定時出社。自分の原稿を書き、簡単なランチを摂り、散歩をして、夕食は家に帰る。終わるとそそくさと仕事場に戻り、映画を観て、家に帰る。風呂にはいって、寝しなに本を読んで寝る。こんな毎日だ。三日に一度は近所のスーパーに買い物。いつもより人が多いので億劫だ。スーパーで4リットル瓶1700円の焼酎を6本も買い込んでいる老人がいた。アル中にならないだろうか。子供がやたら目に付くのもコロナのせいだろう。夜が待ち遠しいようなワクワク本に出合わないのが寂しい。

4月14日 歯医者の予約が入っている。定期健診とかそういうものではなく歯はしょっちゅうどこかが「問題あり」だ。治療を終えてまた歩いて帰ろうとして、傘を忘れたことに気が付いた。歯医者に入る前、アトリオンのロビーのような場所で一休みした。そのテーブルに置き忘れたのだ。一縷の望みを託してその場に戻ると傘はちゃんと待っていてくれた。むやみに人のものを失敬しない文化というのは、やっぱりなんとも実にありがたいものだ。

4月15日 うっとうしい日々が続いているので、読む本だけでも浮世離れした、痛快無比なハチャメチャ本を読みたい。漁ったら椎名誠著『奇食珍食糞便録』が出てきた。8割がたは「糞便」の話だ。中国の便所には仕切りがなく汚くて、不衛生なことで有名だ。その理由は毛沢東の文化大革命の影響で、個人所有の便所は贅沢なもの、個室は壁に落書きされやすく政府批判が蔓延する……といった政治的な理由で仕切りなしになったのだそうだ。驚いたのは地球上のすべての人類を合計した重さと、地球にいるすべてのアリを合計した重さは同じ、というもの。人間一人を50キロと計算すれば、アリ約5万匹に相当する。だから地球上には360兆匹ぐらいのアリがいる。いやはや驚くことばかり連続の面白い本だった。

4月16日 印刷製本所は東京にある。いつものようにうちの担当者と電話。「東京の状況はどうですか」と訊いたら、「わたしも自宅で自粛中です。感染はしてませんが基礎疾患があるので」といきなり返ってきた。コロナという現実が身近に迫って来た感じ。ペストが大流行したころ、かのニュートンは大学が閉鎖されたことで、「私の発明、数学、そして哲学にとり最も素晴らしい時代だった」と語ったそうだ。ニュートンにあやかったわけではないが今日も机の前に座り続け、コロナに負けないようにワープロを打っている。

4月17日 秋田にも緊急事態宣言。サンパウロでは昨日一日で感染死亡者が2百名をこえたそうだし、ニューヨークの友人の出版社には2・5カ月分の給与が連邦政府から振り込まれたという。こちらは、いつものように散歩。雀荘の駐車場はいっぱいだし、パチンコ屋もそこそこ人は入っている。歩く私の横を自転車に乗ったヨレヨレのおじいちゃんが通り過ぎた。白髪の前頭葉部分がピンク色。服装は普通のジャージに自転車もさびたママチャリ。パンク老人ではなく床屋でちょっと濃い目に白髪染めしたが失敗だった、という無害老人だった。長老A氏からは、こんな時期だが「2度目の剣岳登頂に成功した」とのメール。同行者は新田次郎と柴崎測量官だったそうだ。世はこともなし。長老のように静かに本でも読んでいるのが一番のようだ。
(あ)

No.999

二十五年後の読書
(新潮社)
乙川優三郎

 「脊梁山脈」には参った。木地師について知りたかったことはこの小説でほぼ書かれていた。もっともっと、この著者の作品を読んでみたいと思って読み始めたのが本書だ。まずは装丁が面白い。というかちょっとヘンと言ったほうが当たっているかも。南洋の国のヤシの木が写っているだけの風景写真で、書名とても小説とはおもえない。エッセイ集や詩集のようなタイトルだ。主人公の仕事が書評家というのもユニークだ。本を読む女が主人公なので、このタイトルになったわけだ。この女性と人気作家・谷郷の愛と彷徨を描いているのだが、二人の関係はそう簡単には理解できない。主人公の趣味はカクテルだ。本書ではいくつかの場面で息抜きのようにカクテルの作り方が微細に紹介されている。国際的なコンペに出すために考え出された「143(ワンフォースリー」というカクテルは、ジン1、ビール4、コーク3をロックグラスに注ぐだけ。物語にのめり込んでいくと、このカクテルが呑みたくなる。けっきょく自分でも作って3杯も飲んでしまった。物語はスールー海にあるボルボラ島のラグーンで終わる。なるほど、このカバー写真はラストシーンのボルボラ島の風景だったのか。

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