Vol.1129 22年8月20日 週刊あんばい一本勝負 No.1121

展覧会図録は高くても買うゾ

8月12日 友人たちから大雨被害を心配するご連絡をいただいた。被害地は秋田県といっても、今のところほぼ県北部に集中、県央部には目立った被害はない。秋田も東北も広い。お隣の岩手県では年間2万頭のニホンジカが駆除されているそうだ。秋田県の猟友会員が「岩手に行くと思いっきりシカが撃てる」と喜んでいたが、秋田県民で「シカを見たことがある」という人はごくごく少数だ。毎週のように山に行く私にしてからがシカを一度も見たことはない。奥州山脈越えの「豪雪」という壁がシカの越境にブレーキをかけているのだ。同じ東北でも太平洋側と日本海側では、これほど自然環境が違う。

8月13日 「とろろ蕎麦」にしっかりはまっている。蕎麦はSシェフから頂いた岩手の乾麺「土川そば」。これが純粋カチカチの田舎そば。太くて黒くて硬くてうまみが凝縮。茹で時間は8分、冷やして、すりおろした長いもと一緒に食べる。汁は市販だがストレート、無添加のもの。つけ汁にはたっぷりの黒コショウとチンしたかつおぶしとネギ、えごま油(!)をひとまわし。これはDEEN(歌のグループ名)の池森秀一さんが考案したもの。分とく山の野ア洋光さんとの共著『〈創作〉乾麺蕎麦レシピ』(小学館)は乾麺蕎麦の常識を覆した絶品レシピ集。池森さんの汁は蕎麦に対する私の偏見をひっくり返してくれた。

8月14日 05年制作の日本映画『メゾン・ド・ヒミコ』を見ていたら、主演の柴咲コウがマスクをしていて、その小ささに言葉を失った。あの悪評のアベノマスクよりもっと小さいのだ。コロナ前はあれが普通だったのか。ペットボトルから直接口をつけて水を飲む若い女優のテレビCMに「これゃダメだ、消費者から批判来るゾ」と思ったのは20年ほど前だったか。インバウンドで来日したアジアの人たちが黒マスクをしているのを見て「お前らはギャングか」と半畳を入れていたのも最近だ。もうすっかり黒マスクはおしゃれなアイテムになっている。いろんなことに「追随」していくのがくたびれてきた。

8月15日 清原和博を描いた『虚空の人』が面白かったので、同じ著者の『嫌われた監督』(文芸春秋)も読んでみた。読んでビックリ玉手箱。すっかり落合への見方が代わってしまった。落合をあからさまにヨイショしている内容の本ではない。「落合」というフシギな存在によって、根底から「人生が変わってしまった」人たちへのインタビューを通して落合像を浮かび上がらせた秀逸なノンフィクションだ。著者は元日刊スポーツ記者として落合と個人的な接点を持ち、その行動や言葉への不明や疑問を直接本人にぶつけながら、禅問答のような落合の「答え」のなかに自らの生き方を重ねていく。

8月16日 逆流性食道炎の3ヵ月健診だが、お薬をもらうだけの日。内視鏡検査は卒業したが薬はまだ当分再発防止のために服む必要がある、といわれた。やれやれ。待合室は退屈なので文庫本の「田中小実昌エッセイ・コレクション ひと」(ちくま文庫}」を読んでいた。これが面白い。なかでも短編「ゆいごん」は、あまりのおかしさに声を出して笑ってしまった。隣の患者からは怪訝な顔をされ席を替えられた。

8月17日 昼にリンゴとカンテンを食べるようになって10年になる。カンテンの具はママレード。試行錯誤の末、エスビー食品が出している「ボンヌママン」の「輪切りオレンジ・ママレード」がうまいとわかった。今年3月、このママレードが店頭から消えてしまった。うろたえて店員さんに「どうしたんでしょうか」と訊くと、「さあ、メーカーに直接聞いて下さい」とつれない返事。メーカーに電話すると「もう販売中止になりました」というだけで理由までは教えてくれなかった。代替商品はない。メーカーは販売中止の理由を消費者にきっちり開示する必要があるのではないのか。

8月18日 予備知識のないまま映画を観て、物語のつながりがよく分からないことがよくある。先日観た1975年制作のフランス映画『薔薇のスタビスキー』は、監督が名匠アラン・レネ、主演がJ=ポール・ベルモンドだ。映画はなぜかスターリンに追われたトロッキーの亡命シーンから始まり、トロッキーがフランスから追われるところで終わる。物語は1930年代、フランス政財界まで巻き込んだ伝説の詐欺師を描いたエンターテイメントだ。ここになぜトロッキーが登場するのか。これは時代背景を描くことで主人公の行動にリアリティを持たせているのだろう。ロシア革命による亡命、ユダヤ人問題、ファシズムの台頭と左翼……など、社会問題が詐欺師の行動に大きな影響を与えている。当時の緊迫したヨーロッパの社会的歴史的空気感をしらないと、この映画には入り込めないのだ。知識がなければ映画も楽しめない。勉強しよう。

8月19日 9月25日まで東京駅のステーションギャラリーで「東北へのまなざし1930ー1945」という展覧会が開かれている。このコロナ禍では何かと面倒で上京できない。せめてカタログだけでもとギャラリーに連絡、現金書留で展覧会図録を手に入れた。定価は2400円だが、何やかやで4000円ほど。良い展覧会の図録は高価でもできるだけ買うようにしている。戦中期の東北地方の風土・建築・生活の調査や記録、収集を展示した、その企画力には脱帽だ。図録(展覧会も)は6章構成で、「ブルーノ・タウト」「柳宗悦」「郷土玩具」「雪害調査」「今和次郎の考現学」「吉井忠の山村報告」と続く。東京開催前に岩手、福島でも巡回したらしいのだが、うっかり見逃してしまった。明日にでも許すなら東京に行きたい。でもいまはカタログを眺めながら、ニヤニヤ至福の時をかみしめている。
(あ)

No.1121

大世紀末サーカス
(小学館P+Dブックス)
安岡章太郎

 版元名のP+Dはペーパーバックとデジタルの略で、現在入手困難な名作をB6版のペーパーバック書籍と電子書籍で販売・発信するブックレーベルだ。この本のおかげで廉価で過去の名作(といっても30〜50年ほど前のものが主だが)を手に取ることが容易になった。
 先だってはじめて大館市花岡にある鳥潟会館を見学してきた。幕末に海外サーカスで活躍した鳥潟小三吉の生家だ。幕末動乱の世を飛び出し、海外で活躍した日本の軽業師たちのことが、がぜん知りたくなり読み始めたのが本書だ。小説とは銘打ってあるが、ほぼドキュメンタリーである。作家である安岡が手に入れた福島の軽業師(高野広八)の日記を当時の世情や世界情勢、明治維新前後の激動の日本に思いをいたしながら読み解く物語だ。主人公・広八の心情を「拙い日記の文章」から必至で読み取ろうとする、安岡の創造の産物なので「虚構のノンフィクション」のようなもの、といっていいのかもしれない。慶応2年(1866)、横浜を出港し、アメリカを経てヨーロッパ各地を850日間にもわたって巡業した「足芸人」(足で巨大な独楽や子供を回す曲芸)をメインにした曲芸師たちの17名の記録が、面白くないわけがない。

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