Vol.1147 22年12月24日 週刊あんばい一本勝負 No.1139

突然「読書スイッチ」が入ってしまった

12月17日 これは徹夜かな……早瀬圭一『そして陰謀が教授を潰した』(小学館文庫)が手元に届いた時、直感した。案の定、昨夜は6時間余をかけて読了。寝不足だが、本を読む「至福」とノンフィクションの凄さを堪能させてもらった。私が無明舎を始めたころの事件を追ったもので、サブタイトルは「青山学院春木教授事件四十五年目の真実」だ。教授にレイプされたとする女子大生は今も生きていて、当時はなんとあの地上げの帝王・早坂太吉の愛人であり、青嵐会など右派政治家として名をはせた中尾栄一とも関係があったことが本書で明かにされている。これだけの衝撃的な内容の本が、今年初めて「文庫」になり、話題になるのもヘンな話だが、これは18年の単行本出版時の書名が『老いぼれ記者魂』というもので、版元も小さな幻戯書房だったためだ。この書名はちょっとひどい。

12月18日 暴風雪警報が出ている。こんな日に限って、日本でも有数の豪雪地帯に出かけることになった。横手市に開かれているあるシンポジュームを聴くためだ。天気が荒れれば戻ってこれなくなる可能性もあるので横手泊という選択も想定しなければならない……と、まあ不退転の決意で出発したのだが、なんとシンポは昨日で終わっていた。昼を食べに寄った居酒屋「日本海」でそのことを知り、すごすごと帰ってきた。

12月19日 目的のシンポは1日間違えてしまったが、昼に入った「居酒屋日本海」では、たまたまヒロシさんの「手打ち十割そば」の食べる会が開催されていた。打ち立ての十割そばというのはなかなかお目にかかれない。市中に氾濫している「十割そば」は実は機械うちがほとんどで、冷麺方式と言われる「ナンチャッテ十割」だ。つなぎを使わないそばはすぐにボロボロに切れてしまう。ヒロシさんの十割は太さも長さも均一で、普通のそばと違いが分からない。強い香りと、つゆが必要ないほど濃いそばの味がする。シンポは無念だったが(金沢の柵に関する研究発表会)、おいしい十割そばを堪能することができたので、まあいっか。

12月20日 日にちを一日間違えて聞き逃したシンポは「金沢柵を考える」という横手市教育委員会主催の会。未練がましく教育委員会にシンポの文献資料だけでも手に入らないかと電話を入れると「今週末にユーチューブでシンポ全部が見られますよ」とのこと。そうか、最近はユーチューブで後日発信されるのが当たり前なのか。シンポの内容を本にしたり、報告書を作る「面倒な作業」はもう必要のない時代なのだ。なるほどね。

12月21日 5回目のワクチン接種。朝起きたら腕が痛くて重くてダルい。

12月22日 ワクチンの影響なのか身体が少し怠い。こんなときは身体のいうことを聞いておとなしくしているに限る。シャチョー室のソファーに寝転がって読みはじめたのが月村了衛『欺す衆生』(新潮文庫)。あの豊田商事事件の生き残りが主人公のピカレスク・ロマンで、息もつかぬ圧巻の720ページの犯罪巨編だ。いやぁ面白い。物語はけして荒唐無稽な域には踏みはずさない。リアリティのある現実感をしっかり保ちながら、破綻なく静かに進行する。お決まりの泣き叫ぶ騙された庶民も冷徹で万能な警察権力も、まったく登場しない。悪事に才能を見出していく主人公と、その社員たち、成功の匂いを嗅ぎつけて寄生するヤクザたち、ゆっくり崩れていく家族……沸騰する詐欺ゲームと裏腹に、こうした人間模様が淡々と描かれていく。

12月23日 冷たい雪が降り続いている。雪にも「温かい」もんと「冷たい」ものがある。体感温度とはまた別の空気感のようなものだ。このところ完全に読書のスイッチが入ってしまった。昨日は羽鳥好之『尚、赫赫たれ』(早川書房)を読了。主人公は西国無双の名将と言われ、関ヶ原の戦いで西軍に与して改易されるものの、徳川家からその能力を買われ旧領を回復した立花宗茂。三章の構成で、一章は家光との緊張感がこちらにも伝わってくる関ケ原の舞台裏をめぐるやりとりだ。二章はその家光の姉である天寿院との鎌倉行が描かれている。三章は、将軍側近のある謀反に右往左往する立花が描かれる。すべての章を通底するのが天寿院に対する立花の淡い恋心だ。刀を抜くこともなければ血が流れることもない。老将を主人公にした歴史エンターテイメントである。著者略歴を見ると、文藝春秋に入社し一貫して小説畑の編集者で定年を迎え、この作品が作家デビューとなっている。なるほど、すごい新人が現れたものだ。
(あ)

No.1139

わが人生の時刻表
(集英社文庫)
井上ひさし

 著者の代表作でもある『私家版 日本語文法』(新潮文庫)をトイレの置き本にして拾い読みしていたら、トイレを出られなくなるほど面白い。これですっかり井上ワールドに目覚めてしまった。といってもジャンルとしては学術本に近い。そう簡単には読みこなせない。そこでもっと砕けたエッセイ集である本署に目を付けた。やはり抜群に面白い。「自選ユーモアエッセイ集」と銘打っているのもうなずける。なかでも「藪原検校」のエッセイには驚いた。盲人は長い日本の歴史の中で重要な位置を占めていた存在であることを、この本で初めて知った。安永元年(1772)、東北地方は大飢饉で、この年の暮れ津軽の座頭300余名が秋田藩に集団移住を企てた。五所川原を出て岩館の手前まで着き、須郷埼の断崖絶壁で、なんと全員が海に落ちて絶命している。秋田藩が盲人たちを意図的に日本海の底へ導いたため、といわれている。そんな時代、盲人のスター藪原検校は晴眼者など足元にも及ばない数々の大悪事をやってのけ、その悪事によって盲人の位置を晴眼者のところまで引き上げた、といわれる人物だ。国による瞽官(こかん)制度もあり、検校になれば13口の配当米が保証され、それで安心して老後を送れるような仕組みになっていたそうだ。

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