Vol.1148 22年12月31日 週刊あんばい一本勝負 No.1140

年末に床リフォーム工事

12月24日 早見和真『八月の母』(角川書店)は70年代の母から10年代のひ孫の世代まで連綿とつながる女たちの狂気に満ちた「鎖」の物語だ。愛媛県の片田舎で「いつかここから出ていきたい」と願いながらも、そこには母という巨大な壁がいつも立ちふさがる。その閉塞感の中で繰り広げられる親子4代の女たちの執着や怒り、憎しみと愛が描かれる。愛憎むき出しの母と娘、児童虐待、レイプ、育児放棄に売春、暴力と貧困、田舎と閉塞感……できれば知らないで済ませたい「底辺の女の物語」なのだが、ページを括る手が止まらない。この本を今年のベストワンに推す識者たちが多く、「直木賞」にノミネートすらされなかったことへの不可解さを指摘する書評氏もいた。本は狭くなった自分の世界を広げてくれる。

12月25日 『テルマ&ルイーズ』(91年製作)を観た。2度目なのにやっぱり面白い。2人の女の逃避行を描いたロードムービーだが逃避行なのに悲壮感がない。早見和真『八月の母』も読後感はこの映画と似ていた。親子4代にわたる壮絶で悲惨な人生を描いた物語なのに、曇天の中に小さな青空がのぞいているような、さわやかさが残る物語だった。どちらも「女たちが主人公」の物語だ。映画のタイトルは「テレマ」が先だが、内容は圧倒的にルイーズが主役。「ルイーズ&テレマ」のほうがいいのではと思いかけたが、見終わると、なるほどテレマが先でいいのだと納得。

12月26日 今日から3日間、事務所1階の床リフォーム工事だ。作業開始は明日(火曜)からと思いこんでいたのだが、今日からだった。午前中は近所の病院に行き、夕方は山仲間と駅前で忘年会の予定を入れていたのは、工事の日付を間違えていたから。先日も横手のシンポの日付を1日間違える大失態を冒したばかり。外はうっとうしい雨。事務所の周りは立錐の余地もないほど業者の車で囲まれている。

12月27日 床リフォームがはじまったが、職人たちの手際の良い仕事には驚く。床リフォーム自体はさして難しい仕事ではないのだが、膨大な「本」や「物」の移動が大変だ。最初はうまく空間が確保できず、荷物のいくつかを2Fシャチョー室まで運び揚げた。それも作業を繰り返す中で、修正を繰り返し、問題を解決しながら作業は進んだ。

12月28日 床リフォームは2日間で終了。でも本番は実は今日からだ。移動させた本を所定の位置に戻すのは私たちの仕事だ。この作業だけで3日はかかる。巷では今日からお正月休み。うちはこの3日間、本との壮絶な格闘が待っている。

12月29日 朝からネットの接続状態が悪い。ちょっとした操作ミスから生じたことなのだが原因がわからない。仕事も暮らしも順調で、慢心や油断をした時に限って、このパソコン・トラブルはやってくる。こうなると物事が「明から暗」に一挙に入れ替わる。この世の終わりのような気にすらなってしまう。パソコンのある暮らしは便利で快適だが、その背後にはいつも不安と恐怖と焦燥が張り付いている。

12月30日 リフォームの後片付け終了。ギリギリ年末セーフ。で、ふと思ったのだが、2Fの床リフォームをしたのが、いつだったか、思い出せない。調べたらやっぱり去年の12月(初旬だが)だった。まだ1年しかたっていなかったのだ。いやはや光陰矢の如し、だ。年をとると歳月が早く過ぎるように感じるのは「感動が少なくなるから」と言っていた人がいた。実感としてはあ間違っていない。そんなわけで年の瀬です。
(あ)

No.1140

ヒトの壁
(新潮新書)
養老孟司

 テレビで見る著者は哲学的で思慮深く、世をすねたがき大将のようにも見える。本書はそのテレビの印象に誘発されて読み始めた。著者は軽度の肺気腫で糖尿病なのだが「病院に行かないから健康である」という。病院に足を踏み入れなければ、そこで「意味がある」存在にはならない。いったん医師の手にかかると医療制度に完全に巻き込まれ、自分がいわば野良猫から家猫に変化させられる。そうなると私自身の人生なのか、医学が指定する人生なのか、よくわからなくなる。もう年だから野良として暮らしたい。もともと日本社会そのものを受け入れず、一種のよそ者として現代社会を生きてきた。でも「生きにくい、ところを得ない」と思ってきたのは、自分が社会を拒否してきたからで、生きにくかったのは、社会を受け入れていない自分のせいで社会のせいではない。コロナ、オリンピック、自身の死……84歳の新鮮な知性が隅々に輝きを放っている。残された日々を精一杯頑張ろうなどと思う元気はさらさらない。万事テキトーに終われればいい。人生は行きがかり、要するに周囲の事情で決まる。全共闘世代のその後を云々する人があるが、あれが「敗戦」で終わって無事に日本社会に適応していってことは「歴史が繰り返した」だけだそうだ。

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