Vol.1149 2023年1月7日 週刊あんばい一本勝負 No.1141

腰痛でお正月

12月31日 今年度最後の「本」は小川哲『地図と拳』(集英社)。山田風太郎賞受賞の630ページの歴史空想小説だ。満州に架空の街を置き、その消滅を核にして物語が進行する。日露戦争前夜から始まり、第2次世界大戦までの半世紀を、地図に描かれた存在しない島を探し、満州という幻の都市で繰り広げられる知略と殺戮の物語だ。満州に関しての知識は高校生程度だったのだが、この本で一挙に詳しくなった。日本の近代史にとって「最も重要な意味のある場所」だった「満州」とは何か。その土地の空白に地図という夢を書きこもうとした男たちの物語だ。

1月1日 あけましておめでとうございます。昨夜(大晦日)、突然、腰痛で起き上がれなくなりました。何の予兆もなく原因もまったく不明です。何とか日常生活はできますが、なんで突然にこんなことが起きるのか、まったく不明です。「たたり」や「罰が当たった」くらいの非現実なことしか考えられません。何ともやっかいな年越しをしたものです。今年もまた前途多難な日々になりそうです。

1月2日 去年は一日も欠かさなかった散歩を元旦だけ控えた。腰痛は散歩による歩き過ぎが原因ではと思ったからだ。元旦は外に出ず家と事務所でずっと本を読んでいた。佐野眞一『唐牛伝』(小学館文庫)は時間を忘れることができるほど面白かった。朝起きたのは11時ころで、ほぼ10時間近く熟睡。でも腰痛はたいして治っていない。

1月3日 『唐牛伝』を読了した。唐牛という人間力の振幅の大きさにただただ感心するばかり。この文庫版が出たのは18年暮れ。これは単行本に大幅に加筆したもので、佐野眞一の「最後の本」だったと言っていいのかもしれない。それにしても去年の暮れから関ヶ原の本(「尚、赫々たれ」)、満州の本(「地図と拳」)、そして60年安保の本(「唐牛伝」)と時代もジャンルも統一感のない本を読んできたのだが、思いもかけない共通項があった。「岸信介」という昭和の妖怪の存在である。関ケ原で重要なキーは「毛利家」だが、ここは岸の出身地で、のちに明治維新で長州藩として蘇る。満州は、いわば岸信介が主導で造った幻の国家だ。そして60年安保は、言わずと知れた岸信介が一方の主役を演じた大舞台だ。まるで関連のなさそうな3つの本が、ひとりの妖怪の存在でくっきり像を結ぶから、本は面白い。

1月4日 今日から仕事始め。突然の腰痛でなんともぶざまなお正月だが、まだ痛みは残ったまま。友人から「ただの筋肉痛じゃないの?」と言われた。確かに腰痛の出た大晦日前日、リフォーム作業のため重い荷物(本)を2階から1階に戻す作業をした。10箱くらい下したのだが、最後の1箱はかなりの重さで、ひとりで持つにはギリギリの重量だった。この重労働が原因だったのではないか、というのが友人の見立てだ。

1月5日 自分はかなり鈍感だな、と最近よく思うようになった。本や映画を観ていても、かなり筋が進行してから、ようやく「伏線」に気が付く。いや気が付かないまま時間がたち、ある時ふと「伏線」に思い至って、「ああ、そうだったのか」と「目からウロコが落ち」たりする。お正月の腰痛騒動も大晦日前日の重い荷物の上げ下ろし作業のことをすっかり失念して、「原因がわからない」などとしたり顔で言ってしまった。恥ずかしい。「鈍感」で気が付くのが遅いだけだから、根っからの鈍感なの。

1月6日 腰痛のおかげで「読書」に集中。普段はまったく無縁な高校生の恋愛小説を読んで、昨夜は涙が止まらなくなった。70を過ぎたジジイが何をやっているのか、自分でも照れ臭くなる。凪良ゆう『汝、星のごとく』(講談社)は瀬戸内海の小さな島に住む高校生、暁海と櫂の、美しく、繊細で、思いっきり切ない恋愛小説だ。彼らの年を追って変転する恋のありようを、20年にわたって描いたもので出色の恋愛小説である。と偉そうに言ってしまったが比較できるほど他の恋愛小説を読んでいるわけでもない。でもこの物語は文句なしにジジイにもよく理解できた。すばらしい物語には時代を越える力がある。そういえば年末に読んだ『八月の母』も四国の小さな町から逃げ出そうとする切ない女たちの力のある物語だった。どちらも四国から逃げ出そうとするところが共通で、近い将来、映画化されるのだろう。読後、映画化の際のキャステングを考えている自分に笑ってしまった。
(あ)

No.1141

そして陰謀が教授を潰した
(小学館文庫)
早瀬圭一

 これは徹夜かな……本書が手元に届いた時、直感。案の定、6時間余をかけて読了で寝不足になったが、本を読む「至福」とノンフィクションの「凄さ」を堪能した。私が無明舎を始めたころの事件を追ったルポだ。サブタイトルは「青山学院春木教授事件四十五年目の真実」。当時は自分のこと(無明舎)で手いっぱいで、それ以外の世の中のことには無関心というか、そこまで考える余裕がない時期だ。なのにこの事件は鮮明に覚えている。大学教授が教え子を強姦するという事件が、まだ学生気分の抜けていない自分と無関係ではなかったせいなのかもしれない。本書で事件の背後関係や全体像がくっきりと像を結んだ。教授にレイプされたとする女子大生は昭和23年生まれで、ほぼ同年代で、今も生きていて、高額なマンションに住んでいるという。当時は地上げの帝王・早坂太吉の愛人であり、青嵐会など右派政治家中尾栄一とも関係があった「女」であることが明かにされている。もうこれだけでも仕組まれた犯罪であることは明白だ。これだけ衝撃的な内容の本が「文庫」になり、はじめての事件のように話題になる。これは2018年に単行本が出版された時の書名が『老いぼれ記者魂』で、版元も小さな幻戯書房だったためのようだ。この書名はひどい。1937年生まれの老ジャーナリストの気骨に拍手を送りたい。

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