Vol.1150 2023年1月14日 週刊あんばい一本勝負 No.1142

腰痛・転倒・本と映画

1月7日 年末、尊敬する2人の方が相次いで亡くなった。25日に熊本市の日本近代史家・渡辺京二、92歳。30日には「話の特集」編集長、矢崎泰久、89歳。渡辺さんの『逝きし世の面影』は、これまで地方出版から出された本の中では最高峰に位置する本で、地方(福岡・葦書房)でもこんなすごい本が出版できることに、秋田で同業者の私はすごい勇気をもらった。「話の特集」は私たち世代にとってサブカルではなくメインストリーム(主流)のような雑誌だった。30年余り続いて最後の95年の最終号に原稿を書かせてもらった。原稿依頼があり、天に舞い上がるほどうれしかったが、発売後すぐ、編集者から「これが最終号になってしまいました」と連絡があった。どちらの方とも直接お会いしたことはない。ご冥福を祈りたい。

1月8日 腰痛は「たんなる筋肉痛」という結論が出た。友人の一人は年末に灯油缶を両手に持って数百メートル歩いただけで、翌日腰痛で起きれなくなったそうだ。先日はカミさんも突然腰痛でストレッチが出来なくなったが、静養するとすぐに治ったそうだ。特別な衝撃やインパクトがなくとも腰痛になる。気を付けなければ。と言いながら2日前、家の玄関前のアイスバーンでスッテンコロリン。またやってしまった。隣の建物なので足元はサンダル履き。頭も打ったので後遺症も心配になってしまった。

1月9日 本は豊作だが、映画はからっきし不作だ。今年に入って観た映画は5本。アーサーミラー原作の『セールスマンの死』以外、みんな外れた。「セールスマン」はモノクロのアメリカ映画だ。でも面白い。舞台劇の映画化なのでセリフ回しが洗練されている、父と子の愛憎の物語だ。向田邦子の小説に似たような(「ダウト」だったかな)テーマのものがあったが、こちらは父と叔父の話だった。どちらも威厳ある父の薄汚い裏面を知ってしまった子や弟の屈折を描いた物語だ。

1月10日 年末に「今年のベストテン」系の雑誌を参考に20冊ほど本をまとめ買い。そのストックもほぼつきかけている。最後となる一冊、砂原浩太朗『高瀬庄左衛門御留書』(講談社)を昨夜読了。読み終わって深く満足するとともに、「明日から読む本がない」といういたたまれない焦燥も襲ってきた。砂原の本は下級武士を主人公にした、切った張ったのほとんどない時代小説だ。時代小説は司馬や池波のエンターテイメント路線から、穏やかで、静かで、美しい物語のほうへ流れが移っている。藤沢周平からの進化といってもいい。先日読んだ『尚、赫々たれ』もその系譜の時代小説だ。高瀬庄左衛門は神山藩郡方で、五十を前にして妻を亡くし、息子も事故で亡くし、倹しく老いていくだけの身だ。絵を描くことが趣味で、ただ寂寥と悔恨の中に生きている。そこに息子の嫁と藩の政争が静かに波風をたてはじめる……こうした主人公が最近の時代小説には少なくない。

1月11日 我が家の夕飯は5時。カミさんも私も夕飯をすましてからもうひと仕事をする。昨日は午後から来客や打合せが続き7時半まで家に帰れなかった。規則正しい習慣が崩れたこともあり、ちょっと強いお酒を呑みたくなった。ブラジルの地酒ピンガ(サトウキビ焼酎)をカイピリーニャというカクテルにして2杯。これですっかり酔っぱらってしまった。

1月12日 この年になっても若いころと同じようにバタバタ、アップアップの日々。去年の夏終わりから忙しくなり、それはまだ続いている。なにもないよりはましだが、無理をするとテキメンに翌日には身体に影響が出る。コロナ過も行動に目に見えぬプレッシャーをかけているのでストレスはたまる一方だ。息抜きは事務所で「料理」をする。カンテンやポテトサラダ、ゆで卵から野菜炒め、ソーセージ調理とカレーライスの6品ほどを作った。

1月13日 朝から雨だが男鹿の真山登山。週末はもっと天気が悪くなる予想なので週日の山行になった。問題は山の雪の具合で「靴」をどうするか。登山靴かスパイク長靴か、それともカンジキ(スノーシューも)専用の冬用長靴という手もある。スパイク長靴は最も便利な冬山のツールだが、金具がついているのでスノーシューと相性が悪い。けっきょく登山靴に軽アイゼン、カンジキ持参の線で行こうと決定。山頂まで軽アイゼンで登ったのだが大正解だった。男鹿はクマのいない山だが最近フンらしきものが発見されたようで、注意書きが張り出されていた。
(あ)

No.1142

欺す衆生
(新潮文庫)
月村了衛

 5回目のワクチンの影響なのか身体が少し怠い。シャチョー室のソファーに寝転がって読みはじめたのが本書だ。あの豊田商事事件の生き残りが主人公のピカレスク・ロマンである。息もつかぬ圧巻の720ページの犯罪巨編で、熱っぽい身体が蘇るような面白さだ。2019年の山田風太郎賞受賞作品でもある。戦後最大の詐欺集団・豊田商事の社長がアパートで暴漢2人に殺されるシーンから物語は始まる。そこから一挙に物語は、豊田商事を乗り超えろと言わんばかりの悪事の連鎖で走り始めるのだ。主人公の周りには経済ヤクザが絡み、家庭崩壊の危機があり、鮮やかな口舌を駆使した詐欺商法の数々が、物語の推進力になって、もう止まらない。原野商法から海外ファンドまで、詐欺のアイデアは枯渇することがないのだが、かといって物語はけして荒唐無稽な領域には踏み込まない。リアリティのある現実感を保ちながら、静かにトンネルの中へと入り込んでいく。泣き叫ぶ庶民も、冷徹で万能な警察も登場しない。悪事に才能を見出した主人公と、それを取り囲む社員たち、成功の匂いを嗅ぎつけて寄生するヤクザたちとゆっくり崩れていく家族……沸騰する詐欺ゲームと裏腹に、こうした人間模様が、荒唐無稽な罠を避けながら淡々と描かれていく。

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