Vol.1158 2023年3月11日 週刊あんばい一本勝負 No.1150

WBCより大事な原稿書き

3月4日 過去の秋田県内の各市町村の街並みや風俗、子供の遊びや農作業、路上の風景や暮らしを撮った膨大な写真を所有しているので、テレビ局などから「写真資料を貸してほしい」というオファーは頻繁にある。一律1点1万5千円の使用料で貸し出しているのだが、この舎内規定を決めた途端オファーはガクンと減った。それでもポツポツと貸出希望がある。この3万点近くある写真資料を後世にどのように生かせるのか、いまも考えているのだが妙案が浮かばない。こうして貴重な資料もゴミになっていくのは身を斬られる思いだ。

3月5日 昨日、散歩の途中、不意に、これから仕上げにかかろうと思っている本の構成を思いついた。もう40年間も通い続けているアマゾンの日本人移民の物語だ。あまりにもテーマが大きすぎ、取材は十分したのだが、浅学非才な身には重すぎて背負いきれない荷物になっていたものだ。取材期間が長すぎて、かつ主役たちは絶え間なく動き続けているから、どこに焦点を絞って、誰を主役にして、物語をつくるのか、迷路に入って皆目わからなくなってしまったものだ。「50年史」にある程度のめどが立ったので、あらためてアマゾンの全資料を目の前に並べ考え続けていたのだが、「短編をつなげた毎回主人公の替わる連作小説集」にすれば……と昨日ひらめいた。主人公の違う短い物語を20本書けばいいのだから、これなら自分にも行けそうだ。

3月6日 青空の日曜日。春の陽気に誘われ(またどうせ冬はやってくるのだが)、医学部横の田んぼにカメラを持って白鳥を見に行く。広大な田んぼに100羽ほどが羽を休めていた。5メートル近寄っても逃げないのだから恐れ入る。その背後で簡易椅子に座って望遠を構えているカメラマンがいたので話しかけると、加藤明見さんだった。うちから写真集『秋田市にはクマがいる!』を出している人だ。去年はまれにみる「クマ不足」で、ほとんど撮影不可能だったという。ブナが豊作でクマたちは餌探しで苦労することがなく、腹を空かせて里山まで出てくるリスクがなくなったのだそうだ。だから「今年は間違いなく一杯クマが出ますよ」と加藤さんは言う。今年の山歩きは厳しくなりそうだなあ。

3月7日 散歩の最後は近所のコンビニに寄り、牛乳や卵といった日用品を買う。行きつけのコンビニに態度の悪い、横柄な中年女性の店員がいて、買ったものを袋に入れるのを手伝ってくれるのだが、この女はまるで宗教で禁止されているかのように、見ているだけ。絶対に手伝ってくれない。露骨に不快そうな表情を崩さない。もうこいつがいるだけで買い物をやめたくなる。それが最近、女が店にいないのだ。これは吉報と行くのが楽しくなっていたのだが昨日、女が突然奥から出てきた。マスク越しに思わず「クッソ」とかなり大きな声を出してしまった。

3月8日 毎日青空でご機嫌。春の陽気に乗って仕事もどんどん忙しくなってほしいのだが、世の中そううまくは行かない。やることは山ほどある。その山に手を付けようとすると「雑用」というゴマのハエがうるさくちょっかいを出してきて邪魔をする。雑用にも手を抜かず、日々の仕事をこなしていくしかない、寂しい老後の青空である。

3月9日 腰痛はまだ完治はしていない。左わき腹下あたりに痛みが残っている。背中を寝床に横たえると腰に痛みが生じる。腰痛には腹筋ローラーがいいですよ、とある人から言われて昨夜からは寝る前に10回ほど、そのエクササイズを実践。でも腰痛の原因は、何となくだがわかった。デスクワークが2倍以上に増え、根詰めてパソコンの前に張り付いているからだ。山歩きしてないのも関係しているかな。

3月10日 原稿書きに集中する日々で、映画も本もとんとご無沙汰。とはいっても寝る前のひと時、活字中毒者としては儀式として活字を眼で追ってからでないと眠れない。寝床で川本三郎『いまも、君を想う』(新潮文庫)を手にとったらやめられなくなり読了。亡き妻への追想紀なのだが、二人だけで過ごした35年の日常が淡々と描かれている。巷ではWBCの中国戦。国家の威信をかけたスポーツといったものには食指が動かない。野球は好きだがプロ野球の2軍戦の方が個人的にはずっと興味深い。
(あ)

No.1150

サンバの町それから
(上毛新聞社)
上毛新聞社編

 97年に出版された「サンバの町から」の続編で、上毛新聞の連載を単行本化したものだ。副題は「外国人と共に生きる群馬・大泉」、オビ文には「6人に1人が外国人、大泉町を知れば日本の近未来が見える!」とある。日系2世、3世に日本での就労を認めた1990年の改正入管法施行から現在まで、30年余りの日系ブラジル人コミュニティーの生成、変遷を丁寧に記録したルポだ。町にできたブラジル・コミュニティの変成を本書では大きく10年単位でわかりやすく分類。最初の90年代はコミュニティの「蜜月期」だ。バブル期の工場労働者不足を補うため人数が一挙に増え、ブラジリアンプラザといった施設やサンバカーニバルが生まれ、コミュニティの量も質も拡大した時期だ。00年代は地元日本人住民とコミュニティの「軋轢期」。外国人犯罪や不良外国人生徒による事件が目立つようになり、08年のリーマンショック後に多くの日系人がブラジルに戻った。10年代は「停滞期」で、東日本大震災が起き、帰伯者が増え、コロナ禍でそれも途絶える。一時的な出稼ぎだったはずが日本でマイホームを建て、永住を決める人も多くなる……こうした30余年のコミュニティの盛衰が、地元政治家や企業関係者、日系人の声を織り込みながら立体的に描き出されている。

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