Vol.1160 2023年3月25日 週刊あんばい一本勝負 No.1152

保呂羽山・映画ライオン・阿部牧郎

3月18日 夜中にちょっと雨が降ったようで朝まだき道路が黒々と濡れていた。前回の高尾山でかんじきの履き方をしっかり復習、もうちゃんと履けるようになった(前回はぐちゃぐちゃで恥ずかしかった)。スパッツも手直しした(留め金に不具合があった)。だから山にはぜひ雪があってほしい。今年はほとんど雪山に行けなかった。雪でなければ使えない道具類を冬季間に「自家薬籠中」のものにしておかないと、来年また同じ失敗を繰り返してしまう。

3月19日 保呂羽山は雪が多く何度もかんじきを履き替える難易度の高い山行になった。カスミソウ(雪割草)はまだ花を開いていなかったがそのつぼみの可憐さに変わりはない。初めて一緒した同年輩のNさんはオカリナの名手で「ふるさと」や「県民歌」などを山頂で披露してくれた。名曲「ふるさとの」の作詞家高野辰之は実は秋田県民歌の詞の補筆もしていることを知る人は少ない。山の上で聴くオカリナの音色というのもお心にしみる。下山後の温泉で「筋肉が落ちて体重が減る一方だ」とSリーダーは嘆くが、こちらはどんなに節食しても年々ブクブク脂肪が増えていくばかり。

3月20日 たまたまTVで放映された映画『ライオン―25年目のただいま』(17年・米英豪合作)を観た。5歳の時にインドで迷子になりオーストラリアに養子にやられた少年が25年たち、グーグルアースで記憶を頼りに故郷を探す物語だ。美しいカメラワークと子役の鬼気迫る演技に圧倒されてしまった。いま混血孤児をテーマにした本を準備中なのだが、この「混血」という言葉は、「純血」を上のものとみて、それより劣るという意味で使われる「差別的用語」だ、と指摘した文章を最近読んでショックを受けた。映画「ライオン」は似たような孤児や養子を扱った物語で、ものすごく勉強(参考)になったが、「混血孤児」という言葉を不用意には使えなくなる状況は、そう遠くない未来にやってきそうだ。

3月21日 サッカーのワルドカップや今回のWBCのような国際的なスポーツ競技があると、熱烈なファンはいともたやすく海外に飛び応援に行く。あの若い人たちのお金と仕事はどうなっているのだろうか、と想像してしまう。私自身はこれまで一度も「金持ち」になったことはないが、人と会ったり、旅をしたり、本を買ったりすることは「必要経費」と割り切って、そこには不自由ないお金をつかってきた。ほとんど「やせがまん」なのだが。自分や家族以外の存在に惜しみなく愛を注げる、彼ら追っかけの謎を知りたい。

3月22日 引き出しに使っていない万年筆が5本も入っていた。なぜ使うのをやめてしまったのだろう。2日間使ってその理由がわかった。インク漏れがひどく手が汚れたり、使っているうちにインクの出がに悪くなる。やはり不良品だったのだ。倉庫にほとんど使用しないままホコリをかぶっていた米国製ハートマンという旅行鞄があった。キャンパス地の形の美しいキャリーバックだ。このままだともったいないので、山道具を入れておく「箱」として再利用することにした。これが使えば使うほど味が出てきて、景色にもなじみ、どんどん愛着がわいてきた。一度見切りをつけたものを再利用するのは精神衛生上もいい。でもやはりそのモノは、いいものであることが前提のようだ

3月23日 巷ではWBCフィーバーで湧いているが、こちらはそれどころではない。アマゾン移民の原稿の構成が迷路に入り込み、のっぴきならないことになってしまった。集中する時間と空間が必要なので、毎日、駅前のコーヒー屋(パン屋)まで通い、そこでじっくりと想を練るのだが、最低でも二時間が限界だ。そのへんで切り上げて散歩を兼ねて事務所まで歩いて帰ってくる。毎日こんなことを繰り返している消耗の日々だ。

3月24日 秋田の戊辰戦争のことを調べるために昔読んだ阿部牧郎『静かなる凱旋』(講談社)を再読。やはり印象は最初と変わらず、すごい力量のある作家だなあ、と感嘆するばかり。昨夜からは彼が大阪時代のことを書いた自伝小説『大阪迷走記』(新潮社)も読みだした。サラリーマンを辞め、作家になる決意をする時期を描いたものだが、関西人なのに心のなかは、自分を頼ってくる秋田の両親のことでかき乱される。その心もようが面白い。これを読み終わったら次は野球小説『失われた球譜』でも読もうかな。
(あ)

No.1152

昭和残影 父のこと
(角川文庫)
目黒孝二

 『本の雑誌』の創刊者で前社長の目黒孝二さんが1月19日、肺がんで永眠した。享年76、私より3歳年上だ。私の祖母は旧姓を「高松ゆき」といい、弘前市の北声社という書店が生家だった。興味を持ってその北声社のことを調べ始めたら、目黒さんの『活字三昧』(角川書店・1992年刊)という本のなかに「母方の叔父が札幌にいたが、神田の一誠堂書店に奉公したのち、弘前で北声社という書店を開業し、大火で全焼し、店をたたんで北海道に渡った」という記述があり、びっくり。弘前の北声社書店は、当主である高松民蔵の息子である岩太郎が若いころ東京・神保町の一誠堂書店で修行し、弘前に帰って開業した本屋だ。この岩太郎の娘が目黒さんの母テルである。そして岩太郎の父・民蔵の妹が私の祖母ゆきなのである。本書は父・亀治郎の生涯を描いたノンフィクションだが、母親についても「北声社書店の娘」という一章を割いている。「私が友人と始めた雑誌の創刊号は、1976年の4月、安倍さんの無明舎の創業と1か月違いである。北声社書店の、創業者の妹の子と孫が、ほぼ同じ頃に秋田と東京で小さな出版社を始めたのは、ほんの偶然だろうが、何か不思議な縁を感じて仕方がない」と書き記している。同じ活字の世界で尊敬する業界人を、またひとり失ってしまった。合掌。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.1156 2月25日号  ●vol.1157 3月4日号  ●vol.1158 3月11日号  ●vol.1159 3月18日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ