Vol.1161 2023年4月1日 週刊あんばい一本勝負 No.1153

すっかり迷路に入り込んでしまった

3月25日 シャチョー室のいたるところにその残滓である資料本や書類が塊りになって放置されている。本屋なのに本は目に入る場所には置きたくな。目に見えない場所(書庫)に放り込んでしまう。同時に机上のスキャナー機の周りも資料類で埋まっていてスキャンするたび、本や資料をどけなければならない。これもきれいに整理、自分の目で見える範囲に本はすっかりなくなった。これでようやく気持ちが落ち着いた。

3月26日 ネットニュースでTV局レポーターの名前が話題になっていた。「中澤しーしー」という名前だそうだ。以前、やはり日テレのレポーターで「中村アマゾン太郎」という若い男性が登場したことがあった。これはれっきとした本名、実は彼を知っているからだ。彼のご両親とはサンパウロで会った。まだ1歳か2歳のころで「アマゾン太郎」と紹介された。彼が生まれたのはアマゾン河下流域にあるトメアスーという移住地だ。アマゾン太郎よ、君は今もちゃんとテレビ局で頑張っているか。

3月27日 週末はシャチョー室に続いて隣の保管庫も整理整頓。でも身辺がきれいになると、心のなかにぽっかり穴が開く。それもこれも原稿を書く仕事が行き詰ってしまったせいだ。順調に見えた自分の本の構想が、実際に文字に書き写していくと、実に予定調和で、うわべの整合性だけに囚われた、薄っぺらな物語でしかないことに、すっかり落ち込んでしまった。もう一度、最初からやり直しなのだが、そう簡単に元に戻れるわけではない。この年で自分の非才浅学と真っ向から向き合うのは、けっこうつらい。

3月28日 今週はずっと天気がいい。でもちょっと肌寒い。こんな時は体調を崩しやすい。気を付けなくては……。昔はちょっとした風邪で休んでも、カバーしてくれる舎員たちがいたが、いまはそうはいかない。自分でしか決済できない案件を多く抱えている。そのへんの緊張感は昔よりも今のほうがずっと高い。体調を崩せば、そのぶん、しっかり仕事は遅延し停滞する。年々こうした緊張感がプレッシャーとして重くなる一方なのも事実だ。仕事ってやっぱり大変なのだ。

3月29日 ちょうど一年ほど前か。10年以上使い続けた山用具のリュックや靴をすべて新しいものに買い替えた。山行には必ず使うアウトドア用カメラも新しいものにした。金銭的に余裕があったわけではない。逆に公私もろとも厳しい時期だったにもかかわらず、あえて浪費をした。ずっと使い続けたものを新しくすることで過去とひとつの区切りができた。心の中の何かが新しく生まれ変わった気がした。そこから少しずつ日常に変化が出はじめ、ゆっくりと歯車がいい方向に回り始めた。長い人生の中では、こうした論理的に説明できない「運気」が働くことがある。

3月30日 駅中の歯医者さんで治療を受けた後、駅前をブラブラ。串焼きの店に入って一杯。最初に出てきた串がホクホクで美味かったので「これなに?」と訊いたら「秋田産のカブです」と言われた。カブがお芋のような甘みがあるのにびっくり。この串焼き屋も美味しかったが、1本100円の串焼きが出てくるまで、やけに時間がかかった。今日の朝刊死亡欄に「深夜叢書」の、俳人でもある齋藤愼爾さん死去が報じられていた。83歳。今年の現代俳句大賞を受賞した人で、面識はないが山形・飛島の人なのでずっと親近感はあった。合掌。

3月31日 原稿書きがすっかり迷路に入り込んでしまった。こんな時はしばらく「塩漬け」にしておくのが得策だ。迷路に入り込むと精神的には「ひきこもり」と同じ状態になってしまう。そのことをたいして不自由と感じない。これもコロナ禍で精神が鍛えられたためかもしれない。
(あ)

No.1153

息が詰まるようなこの場所で
(KADOKAWA)
外山薫
 夫の逮捕によってTV出演できなくなった女性評論家のセレブな暮らしが話題で、六本木にあるマンションの家賃が300万円だそうだ。本書は、そんな港区のタワマン内部で繰り広げられる「セレブたちの生態」を、巧みなシチュエーションで細部まで描くことに成功した、ちょっぴりコミックタッチの物語だ。著者はタワマンには3種類の人間が住んでいるという。資産家とサラリーマンと地権者だ。本書では、最上階に住むエリート医師一家と、下層階に住む一流銀行勤め共働きの一家の、子供を通しの交流を主軸にして物語が進行する。もう一人地権者の飲食店経営者も登場するが、彼はほとんど脇役だ。同じタワマンの住民といえ、住む階層で歴然とした差別社会がある。それが世間に歴然と存在する格差世界以上のひどさなのだから、笑ってしまう。いや笑えるのは、こうした上流世界と無縁だからなのだが、その内実たるやすさまじいものがある。その最上階に君臨するエリート医師一家でさえ、モデル出身の妻の出自や医師の肩書をたどると……これ以上はこれから読む人のために書けないのが辛い。難を言えば、カバー裏に「その後」の子どもたちの様子が書かれていたり、著者の来歴がよくわからなかったり、書名のネーミングの下手さなど、あげられるが、これってもしかして漫画が原作をノベライズしたものなのかな。

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