Vol.1163 2023年4月15日 週刊あんばい一本勝負 No.1155

例年より2週間早い桜前線

4月8日 陸自ヘリの墜落事故の中に第8師団長(陸将)がいた。師団長というのは1万人クラスの兵を率いる軍隊のトップで、陸将といえば幕僚長の次の位ではないか。兵隊のトップは大将で以下、大佐、大尉。軍隊トップは師団で以下、旅団、連隊、大隊と続く。私の知識はほぼ明治時代に創立された日本の軍隊組織だが、「八甲田死の雪中行軍」と言われる遭難事件に興味を持ち、調べたことがあった。東北の連隊は山形、秋田、青森に集中していて、とくに青森には第5連隊と31連隊の2つの連隊がある。これは日露戦争に備えての地政的軍備のためだ。同じ青森県内に2つの連隊があり、それぞれの連隊に独特の風土と文化があり、その環境の違いが実は八甲田の悲劇を生んだ、という主張の本も出版されているほどだ。ちなみに岩手県に連隊はない。少尉以上は士官といわれ、曹長から伍長までが下士、上等兵以下は兵卒と呼ばれる。

4月9日 大学入学が決まってから少しの間、学費稼ぎで土木作業員のアルバイトをしていた。そのとき、年輩の作業員から「〈バカ〉を持って来い」と命じられた。何のことかわからずキョトンとしていると「チェッ」と大きく舌打ちされた。半世紀の時が経ち、先日、そのことを思い出し、山仲間の長老Aさんに「〈バカ〉って何ですか」と訊いてみた。Aさんは長年建設会社で現場監督を務めた一級建築士だ。〈バカ〉とは土木用語で、掘った穴の深さを測る簡易的な棒のことだそうだ。なるほど、確かにあの時、私の作業はグランド内の穴を掘る仕事だった。50年ぶりに、ずっと気になったことの答えがわかった。もう一つ、山の斜面をコンクリで固めた場所に横倒しの煙突のように突き出ている管は「排水パイプ」と信じていたのだが、Sシェフから「あれは土砂崩れを防ぐためのアース・アンカーだ」とあきれられた。船のアンカーと同じ地面のアンカーだった。

4月10日 週末は山もなく仕事もしなかった。投票と散歩だけで、ずっとソファーに寝っ転がって本を読んいた。読んだ本はいずれも上下巻の大冊だ。浅田次郎著『流人道中記』(中公文庫)と桐野夏生『真珠とダイヤモンド』(毎日新聞出版)。けっきょく深夜三時過ぎまで読み続けてしまい寝不足だ。本を読むのにも体力がいる。

4月11日 先日の半世紀前の<バカ>の話の続きだが、その同じ土木作業員に「〈うたかた〉ってどういう意味だ?」と唐突に訊かれたことも思い出した。なんとなく意味は分かったが、それをやさしい表現で分かりやすく説明する自信がなく言い淀んでいると、「うん、もういい」とさじを投げられた。「うたかたの恋」とか「うたかたの日々」といった映画が当時話題になっていたような気もする。はかなく消えていく現象を意味する言葉なのだが、「水面に浮かぶ泡」を意味する言葉だとは知らなかった。

4月12日 ちょっと早めに起きたので出舎は8時前。夜の寝つきが昔ほどよくないし、朝の目覚めもスッキリとはいかない。睡眠も浅いのか深いのかもよくわからない。朝起きるときに考えるのはいつも同じ、「そろそろ年貢の納め時かなあ……」。洗顔して服を着るあたりからようやく「よし今日もちゃんと仕事をしよう」と少し前向きの気持ちになる。朝ごはんを食べなくなってしばらくたつ。この方が体調はいい。朝一番のコーヒーと羊羹の一片が最高の愉しみだ。外は雨。1日中事務所にいるのはまったく苦痛ではないが、散歩に出られないと、身体にカビがはえていそうな焦燥がある。

4月13日 前(1月6日)にのこの欄で、衝撃的な本を取り上げた。「…瀬戸内海の小さな島に住む高校生、暁海と櫂の、美しく、繊細で、思いっきり切ない恋愛小説だ。彼らの年を追って変転する恋のありようを、20年にわたって描いた出色の恋愛小説。この物語は私のようなジジイにも感動できた。すばらしい物語には時代を越える力がある。そういえば年末に読んだ『八月の母』も四国の小さな町から逃げ出す女たちの力のある物語。どちらも映画化されるのは間違いない…」。と書いたこの本、凪良ゆう『汝、星のごとく』が、今年の本屋大賞に決まった。『流浪の月』(すでに映画化)から2度目の受賞だそうだ。今回の受賞作もたぶん映画化されるのだろうが、主役の「暁海」を演じる女優はだれになるのだろうか、興味深い。直感的に思い浮かべたのは「高畑充希」だ。でも女子高生役は大丈夫かなあ、って私が心配することではないか。ちなみに『流浪の月』の主役は「広瀬すず」だ。

4月14日 知らぬ間に秋田市の桜は満開になっていた。例年より2週間以上速いスピードで桜前線は北進を続けているのだそうだ。ちょうど市立図書館・明徳館に用事が出来たので散歩コースを千秋公園経由に変え、散歩・桜・図書館の一石3鳥をもくろんだ。図書館には、ある人の情報で、戦後まもなく伊藤永之介が書いた「ハタハタ漁」の短編小説を探すために赴いたのだが、作品はすぐに見つかった。持ち出し禁止本だったので、その場で読んだのだが、う〜ん内容はイマイチ。永之介は山の人。海を描くのは力量不足のような気がした。それにしても昭和22年の出版事情を体現するかのように、本は思いっきり粗末な紙で、印刷はかすれて判読不可能、装丁は恩地孝四郎なのに、どこか投げやりな造本で、そっちのほうに興味をそそられてしまった。。
(あ)

No.1155

タクジョ! みんなのみち
(実業乃日本社)
小野寺史宜
 コロナ禍のせいもあるのだろうが、タクシーに乗る機会はめっきり減った。普段はどこに行くにも歩くし、月一の家族食事会は自家用車で出かけ帰りは代行車だ。街で流しのタクシーを拾ったのはいつかことか覚えていない。本書は四大卒の若い女性新人タクシードライバーの物語だ。女性客が安心してタクシーに乗れるよう、自分が運転手になると決めてこの道に進んだ女性が主人公だ。女性運転手の比率はわずか3パーセントで、秋田でも若い女性運転手というのは見たことがない。無賃乗車や強盗などの不安要素もあるが、かろうじてドライブレコーダーの存在が、この密室の危険から運転手を救っている。女性運転手の苦労や業界の裏側、仕事上の細部のリアリティが自然体で描かれていて、「お仕事小説」好きとしてはたまらない。最初は「タクジョ!」の文庫本を読み感動、最近、続編が出たと聞き本書を手に取った。主人公は東京出身の高間夏子だが、本書では彼女が主人公ではなく、その仲間たちをそれぞれ連作短編の主人公に据えている。大きな事件は起きない。でも、いつもの著者の小説と同じように、客と運転手の一期一会の心もようを、静かに明るく味わい深く、私たちのもとに送り届けてくれる。この著者の描く主人公はみんな温かい心の持ち主だ。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.1159 3月18日号  ●vol.1160 3月25日号  ●vol.1161 4月1日号  ●vol.1162 3月11日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ