Vol.1165 2023年4月29日 週刊あんばい一本勝負 No.1157

失われた季節感のなかで

4月22日 酒田市のリッチ&ガーデンホテルの朝食を堪能。チェックアウト直前まで部屋で本を読んで過ごした。その後はモンベルで買い物をし、昼は女性だけでやっている板そばの店で昼食。午後からは鶴岡まで南下しA古書店で古本を物色、致道博物館を見学。秋田の由利地方や県南部の湯沢は古代、中世、近世と庄内と深く関係してくる。同じ出羽国であり大宝寺から上杉、最上、酒井と支配者が目まぐるしく変わる歴史もドラマに彩られている。帰途、県境の三崎公園の戊辰戦争跡を散策。けっこうきつい急斜面の中の旧街道で、海風が強く、公園内に人っ子ひとりいなかった。

4月23日 庄内往復の移動中、カーステレオで福原希巳江が歌うアルバム「おいしいうた」を聴いていた。何度聴いても飽きることがなかった。音楽にこんなに感動するなんて久し振り。彼女の透明で物悲しい歌声はTBS系ドラマ「深夜食堂」の挿入歌として知りファンになった。「からあげ」や「たいやき」「肉じゃが」「チンジャオロース」といった食べものの曲のアルバムだが、大人用の楽曲で完成度も高い。「あたしのうたは なんにも力なんてないけど、あなたの心を少しだけ なでるくらいならできるかも……」

4月24日 45年前、初めてブラジル・アマゾンの日本人移住地を訪ねた。きっかけになったのは一冊の本で、角田房子『アマゾンの歌―日本人の記録』(中公文庫)がそれだ。この本をしばらくぶりで再読。南米アマゾンに昭和初期、初めて移住したある日本人家族の挫折と成功を克明に描いたノンフィクション・ノベルである。著者は昭和40年に現地取材をし、その翌年には毎日新聞から本は刊行されている。10年後の昭和51年、文庫化されたのだが、私が渡伯したのは77年(昭和52)、たぶん出たばかりのこの文庫のほうを読んだのだろう。角田の数多い作品の中では地味で話題にもならなかったが、なぜか80年代にはフジテレビでドラマ化され、こちらは米倉涼子主演で大きな話題になった。この本の舞台となったトメアスーという日本人入植地をずっと取材し続けてきた。いつか本に書こうと思い続、いつのまにか半世紀という年月が経っていた。本を再読して自分が新たに書き加えることはあるのだろうか、とまた途方に暮れてしまった。

4月25日 朝起きると下半身がすうすうする。冬物衣類はとっくに仕舞っているし、いまさら出すのも面倒だ。よく考えると世の中(雪国)は田植え前だ。寒くて当然、季節感を喪失してしまったほうが問題だ。コロナ後の世界の急速な変化で、季節感を無視して世の中はあせってこれまでの遅れを取り戻そうと前のめりになっている。本来の時間の流れと、コロナによって喪失した時間が、うまくかみ合わないまま新しい春を迎えてしまった、という感じだ。

4月26日 レンタルビデオで映画を観なくなったのは時間が足らなくなるからだ。映画があれば時間は矢のように飛んでいく。だからしばらくはアマゾン移民の本を書く時間を確保するため、映画を封印している。でもときどきテレビ放映される映画を録画している。昨日は録画していた宮沢りえ主演の『湯を沸かすほど熱い愛』を観た。伏線を回収する手際が鮮やかで、かなり親子の入り組んだ関係を描いているのだが感動した。一週間に一本はやっぱり映画は必要だ。

4月27日 昔はよく二日酔いに苦しんだ。60代になってから酒を呑む機会はめっきり減った。そのぶん今度は酒場での口数が増えた。宴席でやたらと饒舌になったのだ。ふだんは一人で仕事をしているから、話し相手がいるだけでうれしくなり、ついついエラそうに説教を垂れたり、演説をぶったり、知ったかぶりで留飲を下げる。これは二日酔いの自己嫌悪よりタチが悪い。翌日は猛省するのだが、後の祭りだ。いや恥ずかしい。

4月28日 朝からずっとカチャカチャとシャチョー室の戸棚のグラス類が音を立てている。ときおり不快な地震と同じ揺れが地面から突き上げてきて建物を揺らす。地震なら時間が経てば収まるが、この揺れは断続的で不定期で、ずっと続く。事務所の3軒隣りが解体工事中なのだ。2階からオレンジ色のキリンの首のようなクレーン車がしきりに餌をついばんでいるのが見える。揺れで集中力が削がれてしまうが、耐えるしかない。揺れと不快音と闘いながら午前中は終えた。午後からは散歩に出て、戻ってデスクワークに戻るとまた揺れる。イラつくが、まあこんな日もある。
(あ)

No.1157

大阪迷走記
(新潮社)
阿部牧郎
 秋田の戊辰戦争のことを調べるために阿部牧郎の『静かなる凱旋』(講談社)を再読した。印象は最初と変わらず、すごい力量のある作家だなあ、と感嘆した。直木賞受賞作や『小説・秋田音頭』も読んでいるのだが、もっと深く彼のことを知りたくなり、阿部が大阪時代のことを書いた自伝小説である本署も読みだした。サラリーマンを辞め、作家になる決意をする時期を描いたものだが、要所要所に秋田に住む父母のことが、ピリッと全体を引きしめるスパイスのような役割で登場する。京都生まれで京大卒、根っからの関西人なのに、心のなかは自分を頼ってくる秋田在住の両親のことで、いつもかき乱されている。大坂から華やかな東京の文壇世界にはばたこうとする自分。その一方で、秋田で暮らす両親の闇も抱え込んで生きなければならない……その葛藤がユーモラスに描かれている。意外だったのはデビュー当時の野坂昭如との親交だ。野坂と阿部がこれほど深く交わっていたとは知らなかった。また立原正秋との同人誌をめぐってのケンカ腰の話も興味深い。阿部は長身痩躯のダンディだがかなりけんかっ早いのがよくわかる。次は性の自叙伝といわれる『熱い女』を読んでみよう。

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