Vol.1168 2023年5月20日 週刊あんばい一本勝負 No.1160

餡のかかっていない天津メン

5月13日 家の草むしりは私の仕事だ。年3回はやらなければならないしんどい役目だ。毎朝、出舎前5分間だけ、小さな区画を決めて、そこだけやったらおしまい、と決めている。そうやって毎日ノルマをこなしていると、今日はもうちょっと広く、とか、明日はこのへんをやっつけよう、といったヘンな向上心がムクムクわき出てくる。そして予定より早く役目は片付いてしまう。雨など降ろうものなら、合羽を着てでもノルマを果たしたい、と思うのだから不思議だ。

5月14日 2歳ほど年上の神戸の友人とこの10年「文通」を続けている。最近、彼からのハガキが止まったまま。心配していたら昨日、「病に伏せていました」というハガキが届いた。こんな職業なので、いろんな変人、ユニーク、個性的な人たちをいっぱい見てきたが、この文通の友は最上級の変人だ。私の半生のドラマには全く登場しなかったタイプの人なので、いつも音信から新鮮な刺激を受けている。

5月15日 よくある質問で「若いころに戻るとしたら……」というのがある。すぐには返答に困るのだが「う〜ん、まあ戻らなくて、いいです」と否定的な答えでお茶を濁すのが定番だ。でも正直なところ絶対に戻りたい、と思っている日がある。小学4年生の夏休み前日の「町内会」の日。夏休みに入る前日、学年毎ではなく町内会で集まって休み期間中の注意事項や役割が伝達される。これが終わればもう自由、蒼い空、透き通った川、鼻がむずがゆくなる畑のキュウリの香り、朝のラジオ体操、昼寝や夜遊び……といった黄金の日々が待つだけだ。心はいつも早くこの町内会を終え、家に帰って、夏休みの宿題を前倒しでやっつけ、心置きなく遊いたい、というところに飛んでいた。今でもあの小学4年生の時の気持ちは細部まで覚えている。あの逸るようなワクワク感は、その後の人生に二度と訪れることはない。

5月16日 赤字を垂れ流していたソニーやシャープが、経営者が変ったとたん、劇的に業績を回復させた。どんなマジックがあったのかと思ったら、近年は経済学が高度に発達し、高い付加価値の得られる方法論が確立している。経営学のプロたちは特殊なカリスマ性がなくても、ある程度適切にマネジメントできる時代に入ったのだそうだ。もうひとつ。日本政府が中国人観光客向けに「高級ホテル50棟の建設施策」というのも意味が分からない。別に高級でなくとも、と思ったのだが、いま日本になだれ込んで爆買いする中国人のほとんどは、実は中流以下の「貧しい中国人」で、金持ちの中国人はほとんどヨーロッパなどに観光に行く。この金持ち層を日本に呼び戻すための方法が「高級ホテル」だったのである。以上は経済評論家・加谷珪一氏の本で知ったこと。

5月17日 朝起きた時から天津メンが食べたかった。昼時ちょっと前、駅前の町中華屋へ駆け込んだ。一番乗りの客だったが、「天津メン」という注文に、明らかに店主は不満げ。まあわからないでもない。食べ終わって満足したが、なにか今ひとつ消化不良。帰りに気が付いた。卵の上に餡がかかっていなかったのだ。チクショウ手を抜きやがって。ものすごく腹が立ってきた。市内にはまともな町中華というものがない。大阪餃子も遠方に1軒あるのみでバーミヤンすらない。どうしよう。

5月18日 株価が3万円を超えたそうだ。こちらには何の関係もないが、若者が億単位のお金を稼ぐ「デイトレーダー」という職業には興味がある。20代で10億ものお金を稼いで、ひきこもりで情緒不安定、満足も充足も達成感もなく、ひたすらゲーム感覚で数字だけを追う若者たちがいる。奥田英朗の『うっかり億万長者』(新刊「コメンテーター」の中の一篇)で、こんな若者が描かれていた。トイレに行くにもスマホが必需品、わずか15秒でも集中を切らすと450万円がポンと消える。普通の精神力ではもたない世界だ。最終的には「順送りが基本で損切が生命線」と言われ「資産があって損切りさえできれば面白いように資産が膨らむ」ゲームだという。そんな状態が毎日、前場と後場の2回繰り返される。物語の主人公は儲けた数億をすべて慈善団体に寄付して、ようやく「地獄」から抜けだし心の安定を得るというストーリーだ。手許に10億あるのに家賃3万円には何の疑問も不満も感じない。数字に中毒になっているだけだから他のことには一切関心が向かないのだ。

5月19日 昔、犬を飼っていたことがあるのだが、また飼ってみたいとは思わない。うまく「躾ける」自信がないからだ。どんな問題を抱えた犬でも、たちどころに明るい、一緒にいて楽しい犬に変える、魔法のようなドッグ・トレーナーがアメリカにいるという。彼のモットーは犬を訓練するのではなく飼い主を訓練する。犬が一番求めているのは、心から信頼できるリーダーで、飼い主が不安で落ち着きがなかったら、犬はそれを察知、逆に自分がリーダーになり、人に噛みついたり吠えたりするようになるのだそうだ。初対面でにこやかに目を合わせて犬を抱き上げたりする行為は、実は犬にケンカを売っているのと同じ。最初は無視して眼を合わせないのが基本。犬はいったんリーダーを認めると服従の態勢に入る。落ち着いて、素直になり、飼い主二従う。なるほど、これは梨木香歩『ほんとうのリーダーのみつけかた』(岩波現代文庫)という本に書いていた。
(あ)

No.1160

ここが終の住処かもね
(潮出版社)
久田恵
 著者はあの有名な大宅賞受賞者のノンフィクションライターだ。ひさしく新刊が出てないと思ったら、しっかり生き残っていた。名前をみなかったのは20年にわたって両親の介護を続け、それに忙殺されたことも原因のようだ。本書の舞台設定が興味深い。主人公カヤノ(これが筆者そのものなのだろう)が暮らす「ピラカンサ」ハウスは、仙台と東京の間の新幹線駅のある町にある。昔は別荘地として名高い場所だったが、いまは過疎地と化した丘陵地だ。ここに建つサービス付き高齢者向け住宅が「ピラカンサ」ハウスだ。カヤノは東京を離れここの住人となり、その身辺に起きた出来事を淡々と物語に仕上げていく。カヤノはシングルマザーで、二人の子供がいる。子供たちはもう社会に出ているのだが、カヤノの生まれ育った実家で暮らしているため、家賃という形で子供たちから月11万円の収入がある。カヤノの国民年金は満額に欠けるが月5万円ほど。これらの定収入がハウスでの毎月の生活費をちょうど賄える金額だ。このハウスで暮らすことで、カヤノは老いてやっと究極の自己中心を生きる自由を得た。しかし、どんな場所にいようと問題は次々と襲ってくるのが現実だ。描いていた理想と現実のギャップは深刻なのに、心が温かくなる家族小説だ。

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