Vol.1179 2023年8月5日 週刊あんばい一本勝負 No.1171

クーラー・レントゲン・桜木紫乃

7月29日 HP写真はアマゾン・ベレンの魚市場。アマゾンの魚は巨大だ、とお思いだろうが、この程度の中級の魚が市場では定番だ。小生は肉派なので、アマゾンの魚がうまいかどうかはよくわからない。このアマゾン川の魚屋の写真を見て思うのは、今日の日本の秋田の夏のほうがアマゾンよりもずっと暑くて息苦しくて、逃げ場がないこと。夜になっても40度を超すマナウスの夏も経験したが、それでもどこにでも木陰があり涼やかな風が吹いていた。やっぱりこの日本の夏は「異常」と言っていい。

7月30日 映画を観て感動して原作者の小説を読む、というパターンが多くなった。佐藤浩市主演の邦画『起終点駅ターミナル』が面白かったので、原作の桜木紫乃の小説を読んだ。映画では感動的なラストシーンが、本にはまったく書かれておらず、これは映画的な演出だった、とわかり驚いた。北海道の小さな町を舞台にした男と女の清冽な愛や、悲しみと希望、哀歓を圧倒的な迫力で描き出している6篇の短編からなる作品集だが、面白かったので、デビュー作品集である『水平線』(文春文庫)も読了。彼女が直木賞をとった『ホテルローヤル』も実は映画で観ているが本は読んでいない。昔は映画を観れば本は読まないし、本を読んでいれば映画は観なかった。でも映画と本はまったく違う、ということをこの『起終点駅ターミナル』は教えてくれた。

7月31日 コロナも大雨もギリギリのところで「すり抜け」た。なのに猛暑だけは悪戦苦闘中。西陽天国の仕事部屋のクーラーがパンク、機能しなくなってしまった。午後になると室内は40度近くになる。何時間いても飽きることのなかった仕事部屋だが、いまや近づくことすらイヤな、地雷の埋め込まれた危険地帯に感じている。思い切って新しいクーラーを買うことに決めた。コロナや大雨よりも手ごわい敵が身近に潜んでいることにまで、考えが至らなかった。

8月1日 新しいクーラーを買うことにした。近所の家電量販店は浸水被害で休業中なので、遠い八橋の系列店まで出かけてきた。問題なく買うことができ、今月中旬には設置できることになった。気になったことがあった。店員に高齢男性がやたら目立ったことだ。特に男は大半が年寄り店員だ。人手不足のせいか、意識的な選択なのかが、よくわからない。人手不足で急きょかき集められたアルバイト的な人たちなのかもしれないが、賑わいと喧騒の店内で、高齢店員の立ち振る舞いは、あきらかにワンテンポ遅れている。商品説明のデバイスの使い方もぎこちない。いま、日本の労働現場に何が起きているのだろうか。

8月2日 クーラーの次は体重計だ。体重がじわじわと増えつつある。体重が増えると服は買い替えなければならなくなるし、身体が重くなると、確実に体調不良も伴ってくる。そして身体の調子が悪くなると精神的なストレスが強くなり……と負のスパイラルがはじまる。ここ数日、食べすぎや間食をやめ、摂生に努めているのだが非情にも体重計は1ミリも下がらない。暑さのせいで体重計も体調がくるってしまったとしか思えない。今日はネットで新しい体重計を買おう、と真剣に考えている……このバカを誰か止めてくれないか。

8月3日 居職なのに腰痛とは無縁なのは、身分不相応な「高級な椅子」のお世話になっているから、とホラをふいてきたのだが、この数年、疲れてくると腰痛を伴うようになった。すぐに治るのだが、今回はずっと左の臀部に痛みが残っている。近所の整骨医に駆け込むと、すぐにレントゲンを撮られ、「初期の脊柱菅狭窄症です」とあっさり告げられた。この痛みがある限り散歩ができない。それがなによりも辛い。クーラーの効かないシャチョー室で、暗澹たる気分で、痛みに耐えている。

8月4日 まだ読んでいないのだが手元に2冊の面白そうな新刊が届いた。一つ目は480ページの長編ノンフィクション、高野秀行『イラク水滸伝』(文春)。もう一冊は黒田未來雄『獲る食べる生きる』(小学館で、元NHKディレクターが狩人になった話だ。早く夜が来ないかと、にやついている。本を読むのは仕事みたいなものだが、それでもなかなか「目利き」にはなれそうもない。「失敗」の連続なのだ。その成功率は五分五分。先日はアイヌの自然観に迫ったルポ、小坂洋右『アイヌの時空を旅する』(藤原書店)、外国人が日本の山菜について書いたウィニフレッド・バード『日本の自然をいただきます』(亜紀書房)の2冊にワクワクしたが、どちらもテーマはどんぴしゃりなのに、けっきょく最後まで読み通すことができなかった。本選びは、難しいなあ。
(あ)

No.1171

息子たちよ
(早川書房)
北上次郎
 読む本がなくなった。こんな時は目黒孝二さんの本を取り出して、その書評された本を参考に見繕うことにしている。本書は未読で、しかも書評エッセイというか著者の家族史でもある。目黒さんは本名で23冊、評論家・北上次郎として19冊、競馬エッセイスト・藤代三郎で27冊もの本を出している。「書評」をエンターテインメント文芸として確立した人でもある。実は目黒さんとは母親と祖母が同じところの出で、親戚だ。弘前に大正時代にあった北声社書店は、高松民蔵の息子である岩太郎が若いころ東京・神保町の一誠堂書店で修行し、開業した本屋だ。この岩太郎の娘が目黒さんの母テルで、岩太郎の父・民蔵の妹が私の祖母ゆき、なのだ。目黒さんは肺がんで今年の1月に永眠したが、父親について書かれた『昭和残影』(角川書店)は両親について書かれた本で、この『息子たち』は2人の子どもたちへのメッセージだ。「昭和残影」は目黒姓で書いているのに、「息子たち」は北上姓で書かれた本だ。(書評の性格が強いからだろう)。目黒さんはもういないが、彼の書いた本は私の中でいまも生きている。ちなみに『昭和残影』には、「北声社の歴史については、ぜひ安倍さんにまとめてもらいたいと思う」と書いていた。

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