Vol.1184 2023年9月9日 週刊あんばい一本勝負 No.1176

街に出て考えること

9月2日 秋田県庁が生成AIの業務への導入を決めた。その昔、県庁にいた友人は、いま一つ、どんな部署でどんな職権で仕事をしていたのかわからなかった。後で聞いて分かったのだが、知事の演説用スピーチや県関連の複雑な文章の「ライター」として、特別職のような役割だったのだそうだ。広報でもないし総務でもない。実は正式な県職員でもなかったのだが、けっこう重要な仕事をしていたのだった。県庁では地下の部屋で一人、いつも机に向かっていたのを覚えている。こうした仕事はもう早晩「生成AI」に変わるわけだ。公務員の数は今の半分で十分、と言われる時代がそこまで来ている。

9月3日 自分でもちょっと無謀かな、と思いながら、一人で太平山前岳へ。女人堂まで行って帰ってくるコースを想定していたのだが、予想以上に体力は落ちていて、女人堂の2百メートルほど手前で引き返してきた。水が足らなくなったからだ。それと大量の汗をかいたせいで下山が不安になったこともある。とにかく蒸し暑く、山の清涼感はどこにも感じられない。下山で足がふらふらになり、途中4回ほど休憩をとりながら下山。コロナ禍、大雨、猛暑、腰痛(脊柱管狭窄症)の中で山は遠くなるばかりだ。地道に一からやり直すしかないな、これは。

9月4日 HP写真はフランス・ランス市にある藤田嗣治の「チャペル・フジタ」。ランス市は世界的なシャンパン・メーカーの群なす街で、この教会の隣も藤田のスポンサーだったシャンパン会社「ムンム」だ。礼拝堂はこじんまりした建築物で、内装はすべて藤田の手による絵とステンドグラスで埋め尽くされていた。建物前にある巨大植物は、ススキの穂に似ているが「パンパース」という植物だ。藤田の墓はここから北西に1時間ほどにある小さな村にある。ランス市にはたまたま訪れたのだが、藤田の礼拝堂があるということを聞き、駅前のホテルから歩いて、郊外のこの場所まで迷いながら1時間以上歩いたのを昨日のことのように思い出した。

9月5日 久し振りに「ビン・缶」の日だ。あの大雨の日から受け入れ中止になっていたから、倉庫にはかなりの数のビン・缶がたまっていた。昨日は駅前まで出て一人ランチ。気になったのはショップや飲食店に若い女性がほとんど働いていなかったこと。行きつけのスーパーや家電量販店、散歩の途中による近所の公園も、ようやく「再開」したようだ。朝夕、秋の虫の音が聞こえるようになった。まだ30℃以上の日が続いているのだが、それでもやっぱり秋は来る。TVの大河番組で「徳川家康」をやっているようだが観ていない。でも周りの人たちはしきりに家康の話題を持ち出すのでTVの影響なのだろう。そこへの対抗心もあってか、司馬遼太郎の上下巻『覇王の家』を読み始めた。「家康は凡人」という司馬の辛口の人間観が歴史小説に厚みを作っている。

9月6日 緊急ゴミ置き場になった広面近隣公園にも出かけたら大型のゴミはすっかりなくなっていた。でも重機の出入りした爪痕がひどく、ガラス類は散乱、公園の機能は戻っていなかった。浸水被害を受け閉店していた「肉の若葉」が再開したというので、ここにもコロッケを買いに訪れてみた。2カ月前に食べたら思いっきり砂糖を使った「スーパーのまずいコロッケ」に変わっていてショックを受けた。今回はその理由を確かめに訪れたのだが、やはりまずいまま。店員に「昔のコロッケは?」と訊くと、「作っていた男の職人さんがやめてしまって、元のレシピで作れないんです」と正直に教えてくれた。やっぱり。

9月7日 散歩に出るとき小銭を持って出る。不慮の事故があった場合、タクシーで帰ってくるためだ。でも昨今、タクシーを路上で捕まえるのはほぼ不可能だ。タクシー乗り場に行かないとタクシーはいない。書店と同じようにタクシーも消えていく方向にあるのは間違いない。これからどんな未来が出現するのか、私にはよくわからないが、タクシーの衰退と軌を一にして飲食店もが消えていく懸念も、無きにしも非だ。世知辛い世の中になった。

9月8日 学生時代にアルバイトをしていたH君が結婚、絵をプレゼントした。返礼に「セレクトギフト」なる冊子が送られてきた。この冊子で好きな商品を選んで注文できるというやつだ。食器からインテリア、グルメから洋服まで、すさまじい品目が並んでいて、全頁くくるだけで疲れてしまう。もう物を欲しがる年ではない。でも何も注文しないのは失礼だ。そこで「ペンシル30」というクレヨンを選んだ。いつか時間が余るようになったら、絵を描いてみたいと思っていたからだ。その出発点としてクレヨンはいい選択だ、と自画自賛。いま、目の前にきれいな30色のクレヨンが机に置かれている。なんだか見ているだけで十分に癒されるから不思議だ。
(あ)

No.1176

コメンテーター
(文藝春秋)
奥田英朗
 株価が3万円を超え、上がり続けているが、こちらには何の関係もない。生まれて一度も株というものに触ったこともない。でも若者で億単位のお金を稼ぐという「デイトレーダー」という職業には、編集者として実に興味がある。20代で10億ものお金を稼いで、ひきこもりで情緒不安定、満足も充足も達成感もなく、ひたすらゲーム感覚で数字だけを追う若者たちがいる。本書にこんな若者が描かれていた。トイレに行くにもスマホが必需品、わずか15秒でも集中を切らすと450万円がポンと消える。普通の精神力ではもたない世界だ。最終的には「順送りが基本で損切が生命線」と言われ「資産があって損切りさえできれば面白いように資産が膨らむ」ゲームだという。そんな状態が毎日、前場と後場の2回繰り返される。物語の主人公は儲けた数億をすべて慈善団体に寄付して、ようやく「地獄」から抜けだし心の安定を得るというストーリーだ。手許に10億あるのに家賃3万円には何の疑問も不満も感じない。数字に中毒になっているだけだから他のことには一切関心が向かないというから、恐ろしい世界だ。本書は大好きな奥田の最新作だ。トンデモ精神科医・伊良部が活躍するシリーズものだが、前3冊(「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」「町長選挙」)に次ぐ4作目だ。独特のキャラクターである伊良部は、どう考えてもプロ野球・伊良部選手を勝手にイメージしてしまうが、映画化された伊良部役は「松尾スズキ」だった。いやちょっと違うなあ。

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