Vol.1185 2023年9月16日 週刊あんばい一本勝負 No.1177

「海」を撮るのは難しい

9月9日 天文学的な数字を羅列しても、なかなか事実と現実はうまく像を結ばない。特に広さを表す単位は難しくて苦手だ。目安としてよく登場するのが「東京ドームの何倍」というやつだ。野球をやるグランドは100×100で約1ヘクタール。学校の校庭グランドの大きさぐらいだ。「東京ドーム」という「基準」は4・7ヘクタール。ということは客席も含めた230×230の大きさのこと。先日、あるTVで「この10年でブラジル・アマゾンで喪失した森林面積は秋田県の面積に匹敵する」と報じていた。これはわかりやすい。秋田県の面積は1万5千平方キロだ。そのすさまじさがリアルに感じられる。大きな数字はまず何より、身近なものと比較する癖をつけるのは重要だ。

9月10日 HP写真は「7月15日」の午前中のものです。事務所の階段は四段、うち1段目が水の中だ。午後からは3段目直前まで水がはい登ってきました。高台に車を置いて帰る途中、車が通るたびに歩道側に大きな波が押し寄せ、歩くのが大変でした。わずか10センチほどの波が立つのですが、その波の力で身体をまっすぐに保てないのです。東日本大震災の津波のことを不意に思い出し腰から下の力がヘナヘナと抜けていきました。この日を忘れないためにも、思い出したくない記憶ですが、あえて写真を載せてみました。

9月11日 朝夕の風にはっきり冷気を感じられるようになった。今夏の猛暑はすさまじかったのでクーラーがこれほど神々しく思えた季節はない。先日の事務所への新クーラー設置のとき、業者に「いくら水平をとっても、う〜ん曲がっていますね」と言われた。建物自体がかなり左に傾いているというのだ。築42年だから、しょうがないと言えばしょうがないのだが、そうか、いえそのものが傾いていたか。

9月12日 ただただ暑いだけで夏は過ぎていく。この年の夏は、やはり自分の半生でも特筆すべき特別な季節だった。若いころ、まわりに波風が立っていないと不安で自分からわざわざ波風を立て、酔いしれていた時代もあった。風がない自分で風を起こせばいい、という気概のあった「時」は、あっという間に消え失せていく。世界からものすごいスピードで置いて行かれる今の日本と自分を重ねて、「うんうん、よく似ているわ」と納得している今日この頃である。

9月13日 地元紙の一面トップは「クマ人身被害7日連続ー県内、過去最長の異常事態」という見出し。「今年はうじゃうじゃ出ますよ」とクマ写真家のKさんから言われていたので、それほど驚きでもないが、散歩中にクマに襲われるのはさすがに怖い。今年はブナの不作(7年に一度しか豊作にならない)がわかっていた。「山から降りてくるんじゃなくて、里に棲んでるんです」ともKさんは言っていた。私たちのすぐそばでクマは息をひそめて、私たちの行動を観察している、と考えた方がよさそうだ。

9月14日 司馬遼太郎著『覇王の家』上下巻を読了。実によく練られたレベルの高い「書名」だったのがわかった。昔の著者や編集者は本の題名づけにかなり労力を削った。その典型といっていい。「覇王」は天下人となった家康のことだが、「家」がよくわからなかった。司馬は家康という個性を分析していくと、その先には常に生まれ故郷である「三河」にたどり着くことに着目。この三河への愛や執着、絆や気質が、天下人・家康を作った、と結論付け、この書名を付けた。「家」とは「三河」を指す土地の比喩なのだ。本の中身を的確に言い表しているすごい書名だ。

9月15日 潟上市にあるギャラリー「ブルーホール」で齋藤大吾さんの写真展を観てきた。もうかなり前から注目しているアマチュアカメラマンで、地元にかほ市の「海」を撮り続けている。最初、どこで彼の作品を見たのか、もう忘れてしまったが、いつも感じるのは「海」を撮るのは難しい、と言いうことだ。海を撮るには「海以外のものを撮る」ことが必要だ。山育ちで、海を見たのが小学5年の時だから、海に関してはずっと「うぶ」な感性のままだ。海を撮るのは簡単だ。赤ちゃんにカメラを持たせて海に向かってシャッターを切らせても、そこそこの作品に仕上がってしまう。そこが海の難しいところだ。なにをどう撮れば海の作品(感動)になるのか、ずっとそんなことを考えながら、広いギャラリーで一人斎藤君の作品と向き合ってきた。
(あ)

No.1177

獲る 食べる 生きる
(小学館)
黒田未来雄
 サブタイトルは「狩猟と先住民から学ぶ"いのち"のめぐり」とある。カナダ先住民の生き方に魅せられたNHK自然番組「ダーウィンが来た!」のディレクターが「猟師」になるまでの物語だ。本書は前半が、カナダ北西部、ユーコン準州の奥地に住む、先住民族キースとの交流の物語だ。後半は赴任地となった北海道での狩りの体験記で、その北の大地で、初めてヒグマを仕留めたラスト・シーンは感動的である。
 著者のプロフィールに興味がわく。1972年東京生まれ。大手商事会社に勤務の後、99年にNHKに転職。北米先住民の世界観に魅了され、現地に通う中で狩猟体験を重ねる。16年、北海道への転勤をきっかけに自らも狩猟を始める。数年後、東京勤務に戻るが、24年間務めた職場に別れを告げ、フリーランスの猟師の道選んだ。寒さの季節には北海道の山に獣を追い、暑さの頃はユーコンで過ごし、先住民の神話や叡智についての学びを深めるという暮らしだ。人生とは、生まれた瞬間から負けが決まっている鬼ごっこ、と著者は言う。自然の中で人間は動物にまったく歯が立たない。自分より強く、優れたものがいる現実を素直に認め、謙虚になり、分をわきまえる。師匠である先住民族キースと、北海道の猟仲間Nさん、この二人との熱い交流が本書の核心をなしている。

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