Vol.1189 2023年10月14日 週刊あんばい一本勝負 No.1181

もう冬用布団に替えました

10月7日 年一回の庭や事務所周りの剪定作業が終わった。スッキリした玄関前にクルミの片割れが落ちていた。カラスが電柱から落として割ったものである。今日は気分がいいので、その食べかすの半欠片を仕事場に持ち帰えり、机の前に飾ってみた。なかなか割れないクルミを車に轢かせて割る「カラスの智恵」が話題になることがある。一度それに近い行動を目撃したことがあるが、専門家(カラス研究者)の本を読むと、目撃例が少なく、まだ「定石の行為」とまでは認められていない、のだそうだ。

10月8日 今週の写真はまるで外国のようだが、いつもの近所の近隣公園だ。この公園が好きなのは「人間がいない」こと。いつも凛とした寂しい雰囲気を漂わせている。取材に通い続けているブラジル・アマゾンのトメアスーの日本人移民たちの庭先に似ていることもある。あちらでは1ヘクタールくらいの軒先は当たり前で、庭先で収穫した果樹の出荷前作業をする。そのため広さが必要なのだ。公園の地面はその作業場に似ているし、まわりの建物を遮るように囲む樹木も、なんとなくだがアマゾンの雰囲気にそっくりだ。

10月9日 若いころ「休みなんて、ないほうがいい」と思っていた。最近は少し「休みっていいな」と思えるようになった。朝ゆっくりできるからだ。起き出し服を着るまでの間、ボーっと何時間でも寝床の横の椅子に座って考え事をする。この時間がたまらない。思いは山から食、今度読む本から今読んでいる本、昔の甘美な思い出から不安な未来、夢判断から昼ごはんのメニューに至り、今日の予定を確認して、ようやく終わる。

10月10日 ちょうど読む本がなくなり酸欠状態の金魚のような状態だった。そこに沢木耕太郎の新刊『夢ノ町本通い』(新潮社)が出た。この30年間で書かれた36篇のブック・エッセイだ。最初の章にある「秋に買う」は読みごたえのあるエッセイだ。さしたる目的もなく大阪・天神橋筋商店街の古書店や食堂で、ただ本を買い、ご飯を食べるだけの小旅行記なのだが実に面白い。すでに6冊ほど、この本で取り上げられている本をアマゾンで注文した。これでしばらくは酸欠状態からは救われそうだ。

10月11日 ハマスによるイスラエルの大規模攻撃には驚いた。イスラエルとパレスチナの政治的、歴史的事情はある程度知っているが、同じ国の中に2つの国(自治区だが)がある、という「実情」がうまく理解できなかった。そこで数年前、パレスチナ側から描いた青春映画『オマールの壁』を観て、初めてようやく腑に落ちた。映像の偉大な力だ。自治区は高い壁に囲まれている。自治区とは言うもののイスラエルにある「難民所」という扱いに近い。パレスチナの若者(パン職人)はときどきその壁を乗り越え、恋人ナディアのいるイスラエル側に越境する。やがてテロリストになった若者は、壁を管理するイスラエル軍の軍人を射殺するが、イスラエル秘密警察に逮捕され、拷問を受け、スパイになる……そんな物語だったが、パレスチナ資本100パーセントのパレスチナ人による映画だ。今回の事件はパレスチナ側の周到な準備と覚悟がなければ不可能だ。歴史の矛盾(嘘と建前)が噴き出してしまうと収拾がつかないやっかいな問題だ。

10月12日 新聞紙面はどこも「藤井八冠」がトップニュースだが、私は町内回覧板だ。「下北手中学と城東中学の統合」についての「協議会報告」で、下北手中学はノースアジア大学前の田んぼの中にある全校生徒40人ほどの中学校だ。私の散歩コースで、ここを通ると下校中の中学生によく「こんにちは!」と元気にあいさつされた。もう閉校は決まっていて、この10月に記念事業が開催されるようだ。廃校舎のかつ利用についても協議は進んでいるという。自分の出身校でもないのに、なんだかものすごくシンパシーを感じていた中学なので心が痛む。

10月13日 冬用の掛布団に替えた。そのせいかぐっすり熟睡できた。若いころは汗っかきで暑がり。それが60歳を超えたあたりから、寒さがこたえるようになった。70を超えたら、もう年中さむがっている感じだ。体重も落ちないくせに。そういえば股引(アンダーパンツですね)なんて60前にははいた経験がない。山歩きをするようになり「重ね着」の重要性を学んだ。いまは事務所に数種類の上着を用意していて寒暖調整ができる。でも暑さに比べれば寒さなんてかわいいものだ。凍えるような寒さだったら歩けばいい。身体を動かせば寒さは遠ざけることができる。クーラーがなければギブアップするしかない暑さに比べれば、まあどうってことはない。
(あ)

No.1181

街とその不確かな壁
(新潮文庫)
村上春樹
 最近見る夢は「迷子になって帰れなくなる」系だ。家や友人に連絡を取りたいがケータイを持ってない……。たまたまなのだが、ベストセラー騒動が収まったので読みだした本書も、この私の夢と似たようなシチュエーションからスタートする。3部構成だが、1部は高校時代の幻想的な恋(医療保険のきかない病)の話。「一角獣」と「夢読み人」が登場するので、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を連想させる。2部からは40代になった主人公が会津若松の近くの図書館で働き出し、物語は一挙にスピードと現実感を増し、面白さに加速度がついていく。いつも思うのだが村上文学は難しい。こんな難解な小説を嬉々として待ち望むファンが数十万人もいるというのが信じられない。確かに読みだすと止まらなくなるが、内容は「夢のような話」なので、他者にあらすじを伝えるのが難しい。650ページもの長編小説だが本書で初めて主人公にシンパシーのような親近感を覚えた。70歳を過ぎて幽霊や夢の世界、ファンタジーに酔いしれるとは思わなかったが、作家も同じ70代だ。30代で着想を得て、うまくまとめられず70代で、ようやく前に進めることができた物語だという。先日読んだ、沢木耕太郎『天路の旅人』も同じような執筆までの物語があったことも同時に思い出した。

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