Vol.1201 2024年1月6日 週刊あんばい一本勝負 No.1193

明けましておめでとうございます。

12月30日 散歩の途中にある雀荘が閉まっていた。同じ日、ニュースで中高生が読む『なかよし』という雑誌に「マージャンセットが付録」と話題になっていた。中高女児にマージャン……そういえばマージャンはおろかパチンコ、ゴルフ、カラオケにゲーム、スマホにマンガといったものと、まったく無縁の人生だ。そのことに一片の後悔もない。元をただせば、小心で、好奇心に満ち、流されやすい体質なのだ。だから直感的に「淫する」ことを避ける気質になったのは母親の影響だ。

12月31日 HP写真は秋田市土崎港の厳冬の風景。たまたま早朝の港の「目覚め」の一瞬を切りとることが出来ました。そして今日は大みそか。今年も何とか無事に過ごすことが出来ました。大きな事故もなく、健康にも問題なく過ごせたことを、素直にありがたく思っています。新しい年もあまり明るい未来は期待できそうにもありませんが、皆様にはご御多幸おおき年でありますよう祈念、今年最後の挨拶に変えたいと思います。1年間ありがとうございました。よいお年を。

1月1日 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。雪もなく穏やかな青空の元旦を迎えました。今日はサンパウロから友人の家族9人(!)が来秋する予定で、その連絡待ち。アテンドのためにミニバスをレンタルしたのですが、レンタル会社はお正月休みのため、昨日うちに車を取りに行き、休み明けまでこちらが管理保管するという変則レンタルです。でも好天に勝るものはありません。

1月2日 とんでもないお正月になってしまった。夜の11時に「また震度7の地震」というテロップが出て、秋田の沿岸部も震度3の文字。「揺れ」に敏感な私には何も感じられなかった。すぐに地震情報が誤報だったことがわかった。昨日の地震発生時は散歩中だった。元旦なので人通りはほとんどなく、歩いているのは私ぐらい。地震には気が付かないまま家に帰った。サンパウロから来日中の友人家族は新幹線のなかで、うまく連絡が取れない。ホテルに問い合わせてもチェックインの日時は確認できなかった。外国人にとって「日本の地震を新幹線の中で体験する」というのは恐怖以外の何物でもないだろう。

1月3日 ブラジルから観光に訪れている友人家族(9人)を連れて、ミニバスで県内を走り回ってきた。気持ちのいい朝だ。青空なのに寒くない。生まれて初めて雪を見るというサンパウロ生まれの3人の子どもたちがいたが、オーパス・スキー場は雪無しで閉まっていて、おまけに雨まで降ったので、雪遊びは中止。それでも子どもたちは、ちょっとした空き地の雪だまりを見つけてそこで狂ったように遊びだす。彼らが住んでいるのは大都市サンパウロの超高級タワーマンションだ。そこと田んぼの広がる雪国の景色は、私がアマゾンで最初に見た景色と似ているのかもしれない。10年後の彼らと私はまた会えるのだろうか。

1月4日 今日から仕事始め。朝起きるとものすごい霧だ。空は晴れ渡っているのだが霧で周辺が見えない。出舎して軽く年頭のあいさつと打ち合わせで仕事始め。今年は念願のマゾンの原稿を仕上げること。時代のスピードにどんどん置いて行かれるばかりだが、その時代遅れを恥じることなく、もうしばらくは頑張ってみたい。

1月5日 母親の旧姓が「七尾」なので、能登地震報道の度にこころ動かされる。少しずつ積み重ねてきたものが、一瞬でゼロに帰す。これはあまりに無残で残酷だ。災害や事故、病気に事件はいつでも起きる。でもそのことばかり考えながら暮らすことも不可能だ。なるべく忘れたふりをしながら、この場所で生きていくしかないのだ。なんとも生きにくい世の中になったものだ。 
(あ)

No.1193

古本夜話
(ちくま文庫)
出久根達郎
 本書の中に「金次郎の愛読書」という面白いエッセイがあう。二宮金次郎の像は、いつごろ、誰が考案し、小学校に普及したのだろうか、という考察だ。金次郎がマキを背負って読んでいる本は「大学」である。「大学」は四書のひとつ、儒教の経書だ。「普及の音頭」をとった人物は、大胆に「講談社の創立者の野間清治ではないか」と推測する。道徳家で、忠臣孝子、英雄偉人、勇将烈士の伝記ものを得意とした『少年倶楽部』の流れからみても彼以外に考えられない。さらに金次郎の銅像はいつ頃から全国に普及し始めたのだろうか。著者はそれを「昭和10年前後」と見当をつける。日本が泥沼の戦争へお突き進んいく入り口のあたりだ。このころ上海事変で戦死した「肉弾三勇士」像も建っている。さらに秋田犬ハチ公像も同じ時期に渋谷駅に建っている。ハチ公像は寿像(生きているうちにつくる像)だというから驚いてしまう。時代が民衆に偶像を欲せしめた、というわけだ。しかしハチ公の場合は「シェパードに対抗して秋田犬を売り出そうとした商魂から建てられたもの」と出久根は言う。この説は深作光貞という大学の先生が中央公論に書いた昭和30年代のコラムによるものだ。日本人が偶像にたっぷりと思い入れを寄せるのは、やはりこのころからかもしれない。「肉弾三勇士」も「二宮金次郎」も「忠犬ハチ公」もほぼ同じような意図でつくられたものなのだ。

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