Vol.1202 2024年1月13日 週刊あんばい一本勝負 No.1194

「AI」に期待したい

1月6日 今年最初の仕事は「断念」から始まってしまった。ある方の自伝的な原稿を「本にできるように書き直す」仕事なのだが、私たちの力量ではどうにもならず、あきらめることにした。あまりにも直しや調べ直しが多く、時間と経費がいくらかかるか予想もつかなくなってしまったのだ。こうした原稿の出版依頼は少なくない。せめてワープロ印字してくれていればやりようもあるのだが、今回は生原稿。手を入れているうちに原稿は真っ赤になってしまい、印字する人に泣かれてしまった。ワープロ印字がいかに大切な作業か再認識した次第。もう生原稿を編集するのは体力的に無理だ。

1月7日 仕事の話を聞くのが好きで、その手の本を読むのも好きだ。仕事本で有名なのは三五館シンシャの「汗と涙のドキュメント日記」シリーズだ。その最新刊、『大学教授こそこそ日記』を読んだ。このシリーズは内容が薄っぺらで一時間もあれば読み終えてしまう。シリーズ企画は大ヒットだが、内容は満足のいくものがほとんどない。これが書店員を主人公にした早見和真『店長がバカすぎて』(角川春樹事務所)クラスの「仕事小説」になるとレベルがまるで違う。「本屋ってこんなに面白い仕事なの」と、TVや映画化の話まで引く手あまたということになる。しょせんプロ作家と素人ドキュメントを比べるのは無理がある。

1月8日 外の喧騒を別にすれば、天候的には実に穏やかで、静かなお正月だった。今日の朝は白一色、久しぶりの雪だが、敵意を感じない、ゆるやかで遠慮がちな雪で、これなら文句はない。3連休の最後の日でもある。いつものことだが、やることはいっぱいあったはずなのに結局はダラダラと1日が過ぎていき、この最後の休みの日にまとめてみんな片づけてしまう、というだらしないパターンだ。ほとんどガキの頃の夏休みの宿題である。

1月9日 突然「ジャガイモのみそ汁」が食べたくなった。朝ごはんを食べなくなってしばらくたつ。みそ汁を食す機会がまったくなくなったせいなのだろう。出汁はめん類用に毎日「昆布と乾シイタケ」のものを冷蔵庫に作り置きしている。この出汁を使ってジャガイモはチン、これでけっこう簡単に作ることができ、それがめちゃ美味くて三杯もお代わりしてしまった。さらにこれを3日間続けてしまった。身体がなんだか塩辛くなってしまった。

1月10日 昔から雑誌を買う習慣がない。唯一例外は年頭(年末)に発売される、新しい年の美術展の年間ガイドブックだ。2024年の見逃せない美術展は「キリコ展」か「モネ展」ぐらいのようだ。それでも田舎に住む人間には縁遠いのだが、せめて仙台にもう少し頑張ってもらいたい。なかなか仙台は福岡ほどにも存在感を示せないのが現状だ。まあ大都市を羨んでもしょうがない。カタログを買って我慢するしかない。

1月11日 NHKの番組に歌人の穂村弘が出ていた。彼の短歌で、「誤植あり 中野駅徒歩12年 これでいいのかもしれない」(ちゃんと原典に当たってないので間違いがあるかも)というのがあり、この歌が大好きだ。「誤植」というのは私たちの職業病のようなもの。この病で寝込んだ人は数知れない。かくいう私も昔、トンデモ誤植をして、赤っ恥を書いたことがある。農聖といわれた石川理紀之助の名言「寝ていて人を起こすことなかれ」という決め台詞を、「寝ていて人を起こす、の言葉を残した石川翁は」と書いてしまったのだ。いまでも誤植と言うとこの事件を思い出してしまう。だから穂村の短歌は心の底まで届いてくるし、かつユーモアでくるんでいるのが救われる。

1月12日 「ネットは遠くには伝わるが、近くには届かない」という老人がいた。なるほど、これは名言だ。去年起きた事件で震撼したのは、やっぱり「オープンAI」の登場だ。「これで医師不足は解消される」と直感した。医師はオープンAIのネット診療で処方ができるようになり、オープンAIの診察結果をチェックする「監視」の役割をするのが仕事になる。これなら従来の10倍くらいの患者を一人の医師で診察可能だ。もちろん問題はそう単純ではないのだろうが、今回の能登半島地震でもAIによる「浄水製造機」が大活躍しているというニュースがあった。川の水が短時間で飲料水になるというのだから、すごい。
(あ)

No.1194

但馬人日記――演劇は町を変えたか
(岩波書店)
平田オリザ
 東京への一極集中、地方の少子高齢化、人口減少が止まらない。そんな流れに一矢を報いたい、と生まれ育った東京から兵庫県北の豊岡市に移住した。演劇と観光を学べる専門職大学の初代学長になり、国際演劇祭を開催し、演劇を取り入れた教育で町に新風を吹き込もうと奮戦する、コロナ禍3年半の記録である。
 著者は数々の演劇賞を総なめにしている劇団「青年団」の主宰者だ。15歳で定時制高校を選び、16歳で自転車世界一周を成し遂げ、55歳で子宝に恵まれ、58歳の時に「演劇やダンスの実技が本格的に学べる日本で初めての公立大学」である兵庫県立芸術文化観光専門職大学の初代学長になった。しかし予想もしなかったコロナ禍や市長選の対立構造に翻弄される。それでも諦めることなく、反対派と粘り強く対話を続ける。そのしなやかさこそが著者の真骨頂だ。財界などの要請で行われている「グローバル教育」なるものは「国を捨てる学力」だと著者はいう。「40人学級の中で、一人のユニクロ・シンガポール支店長を育てるような教育」ではなく、企業や資本、東京の論理から、「生活の論理」へと子供たちの学びの場を取り戻す。そんな演劇を使ったコミュニケーション教育の取り組みが、いくつか紹介されている。

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