Vol.1207 2024年2月17日 週刊あんばい一本勝負 No.1199

ネットフリックスを観ている

2月10日 ネットフレックスで米ドキュメント映画『逃亡者・カルロス・ゴーン・数奇な人生』(22年製作)を観た。ゴーンはレバノン生まれだが、父親が神父殺しの殺人犯で、脱獄してブラジルに逃亡している。そこから這い上がってくるわけだが、逃亡直前まで日本で家政婦を務めていた、上品そうな中年の家政婦の証言が興味深かった。ゴーンの逃亡を補助した妹の存在も日本ではほとんど報じられることはなかった。さらに日産よりもむしろルノー関係者のほうからの「憎しみ」や反発が強かったのも意外だ。

2月11日 雪がないので山に行けない。山にはクマがいる。だから週末はもっぱらHPの原稿や自分の本のための原稿書きだ。原稿の仕事は週末にやっつけてしまう癖がついてしまった。昨日の夕食は久しぶりにSシェフ手打ちの「蕎麦」だった。しばらくぶりに食したが、あまりのうまさに腰が抜けそうになった。打ち立ての蕎麦というのは、ちょっと別物のすごみがあるなあ。

2月12日 最近見る夢はもっぱら「旅の忘れ物」。旅に出るのだが、忘れ物に気付いて右往左往する。とるに足らない失敗で交通手段までたどり着けない、というのがほとんどだ。そういえば昔も小中学時代の忘れ物の夢が主だった。体育着を忘れる、飼っていた鳩のエサを忘れる……これは20代までずっと夢の定番だった。でも現実社会では忘れ物をしないタイプだ。小心者なので、事前にいろんなチェックを入れる慎重派だからだ。なぜ夢だけは「忘れ物」が多いのか。人生は不思議だ。

12月13日 釣りをしたことがない。したいとも思わない。でも映画『釣りバカ日誌』は好きだ。なかでも12巻目、青島幸男と宮沢りえが登場する「史上最大の有給休暇」篇は、それまでの流れとトーンの違う物語で戸惑ってしまった。まずは相棒の釣船屋の「はっちゃん」が子連れの外国人(ボリビア人)といつの間にか結婚していた。ヒロイン・宮沢りえの結婚は成就しない。理由は長州と会津の明治維新以来の対立というのだから驚く。もう一人のゲスト、青島に至っては、ハッピーリタイアして郷里に帰ったのはいいが病気でいきなり死んでしまう。フグの肝を食べてスーさんは病院に運ばれ、休暇の取りすぎで査問委員会にかけられた浜ちゃんは、その査問の結果がわからないまま映画が終わってしまう。いつもの釣りバカシリーズとはなにもかも別物の仕上がりだ。製作者サイドに何かの異変があったとしか考えられない作品だった。

12月14日 今春、大学を卒業するという女子大生が訪ねて来た。もう東京への就職も決まっている。そんな彼女の悩みを聞いて驚いた。入学して初めて秋田の地を訪れたのだが、それからずっとコロナ禍でオンライン授業、外出もままならず、秋田のことを全く何も知らないまま卒業することになったというのだ。だから「2泊3日ぐらいで好きな歴史をメインに、秋田各地を訪ねる旅をしたい。プランを立ててもらえないか」という。効率よく、地理的バランスや時代配分(古代から現代まで)を考え、短期間で秋田の歴史を知る旅……編集者としては面白いテーマだ。よし、面白いプランを考えてみよう。

12月15日 昔から岩手や青森には「馬産地」があった。なのに秋田に馬産地は少ない。地形や風土、土壌や植生と関係あるのだろうと目星をつけていたが、昨日のテレビの歴史番組で、その答えが明かされていた。犯人は「土壌」だった。土のなかにアルミが含まれているとリンと結合する。リンがないと作物は育たない。そんな不毛の大地で育つのは「ススキ」ぐらいだ。そのススキは馬の大好物だ。作物のできない土地が馬の生育には適していたのだ。昔の馬はトラックであり、戦車であり、スポーツカーでRV車だ。糞も肥料として貴重だった。わが秋田は「不幸にも」土壌が豊かで作物が育つのに適した土地が多かったから馬産よりも農業に精出すことになる……土の中のアルミが問題だったのだ。

12月16日 遠方から友人夫婦が秋田に遊びに来た。観光地の旅館に泊まっているという。秋田まで来たのに、なにもアテンドしないのは沽券にかかわる。せめて夜だけでも宿から呼び出し、おいしい店でご馳走してやりたい。と思ってとりあえず宿をネット検索したら、なんと一泊一人6万円強の超高級旅館だった。そこの夕食をキャンセルさせ、安い小料理屋に呼び出す……これはもうほとんど「犯罪」に近い。高級旅館の一泊の値段が5万円を超えている、というのは認識外。外国の観光地の五つ星ホテルでもあるまいに、夫婦で一泊10万円以上という世界は理解不能だ。
(あ)

No.1199

漱石を売る
(文春文庫)
出久根達郎
 まだ20代のころ、これからどう生きていこうかと考え、古物商の免許(?)を取得した。当時、書店をやるには莫大なお金がかかったが(口座を開設する必要があった)、古本屋なら古物商の免許さえあれば明日からでも始められた。そんな安易な気持ちで取得したのだが、あの古物商の免許というのは、今も生きているものなのだろうか。そんなことを考えたのは、このところずっと出久根達郎の本ばかり読んでいるためだ。古書店オヤジの偏屈な視座からみえる世相は、時代を超え、確かな人間のありようを提示してくれる。古書店は今も変わらず魅力的だ。本書の中では、「カーテンのにおい」というエッセイがいい。古本の値段表示の「銭」について書いたエッセイだ。そういえば最近、私自身も似た体験をした。学生の頃に古本屋で買った本を書庫で見つけたのだ。最後のページには鉛筆で「150、00」という値付け書きがあった。一瞬、1万5千円? と驚いたのだが、すぐに「銭単位」と気が付いた。さすがに実際の「銭札」は使ったことがないが、硬貨の1円貨が発行されたのは昭和30年。私が6歳の頃だ。50銭以下の少額貨幣が廃止されたのは昭和28年末だ。若いころ古本屋でこの銭単位を見ても違和感はなかった。というか、つい最近も生原稿のワープロ印字を業者さんに頼んだのだが、「1字50銭」と言われた。まだ生きている数値だったのだ。

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