Vol.1216 2024年4月20日 週刊あんばい一本勝負 No.1208

2日連続山行と加藤富夫の本

4月13日 太平山前岳に挑戦。前回は雪と泥で苦戦した山だ。駐車場でいきなりご婦人に「桜の季節に山ですか」と声をかけられたので、お互いさまでしょ、と返す。青空の中の山行で、前岳山頂までちょうど2時間。このところ常連のO先生に会わない。山頂であったご婦人の話だと今も元気に毎日登山を続行中だそうだ。よかった。このご婦人もザブーン側からの愛好者で、金山滝は「入り口の滝の所が怖くて嫌」とのこと。そういわれてみるとそうだ。前岳の登山口は難易度が高すぎる。

4月14日 なにを血迷ったのか連チャンで前岳。今度はザ・ブーン登山口コースだ。このコースを登るのは10年ぶりくらいではないだろうか。途中でかなり大きなカモシカと山道で遭遇。イワウチワの群落もすごかった。登山道はこちらの方が歩きやすい。金山滝ではほとんど花とは出合わなかったのに、まるで違う山のようにいろんな花が咲いていた。山頂で山仲間のF女史とばったり。自分にとっては人生初となる2日連続登山は好天に恵まれて記憶に残る特別なイベントとなった。

4月15日 2日連続同じ山に登るという「蛮行」を果たして一夜明けたが、朝起きても身体には特別な異常はないようだ。でも寝たのが夜8時だから、ひどく疲れていたのだけは確かだ。でも筋肉痛が起きるのは明日以降なのかも。ともかく今日は身体に何の異常もないのが、うれしい。さあ今度は仕事でがんばるぞ。

4月16日 高校1年生の時、担任は英語教師の「とみおっこ」と、生徒たちに上から目線のあだ名で呼ばれていた、風采の上がらない小柄な人だった。秋田弁まじりの英語を話すのも哄笑の種だった。大学に入り、彼が芥川賞の候補に何度もあがっている作家で、「土俗と戦争」をテーマに、暗く重い村社会の物語を書いている作家であることを知った。無明舎を起ち上げ、その処女出版を刊行した時、お祝いのハガキをその先生から頂いたが返事は書かなかった。その加藤富夫氏が生前残したただ一冊の本、『口髭と虱』(文藝春秋)を読んだ。のどに刺さった小骨のようにずっと気になっていたからだ。予想に反して本はとんでもなく面白かった。土着的でユーモラスで、映画になりそうなストーリーがいっぱいだった。昭和48年に出た本だから、無明舎を起ち上げた翌年である。こんなすごい人が傍らにいたのに気がつかない青春というのは、本当にアホで恥ずかしい。

4月17日 Sシェフから「アラが手に入った」と連絡をもらい、お刺身と粗(あら)を分けてもらった。アラは日本各地でとれる魚だが、漁獲量が少なくキロ5千円以上はする超高級魚だ。九州では同じくハタ科の超高級魚の「クエ」を方言で「アラ」という。だからアラとクエを同じ魚だと思い込んでいる人もいる。アラを食べるのは初めてだ。刺し身はほとんどフグを食べているような触感で、滋味豊かで上品な味わい。しょうゆではなくポン酢で食べた。みそ汁に入れた粗(あら)は脂がのって何杯でもお代わりしたくなるほど。アラもクエも自分には関係ない高級魚と思っていたが、突然こんなこともある。

4月18日 終戦直後、秋田の山村で20歳前の若者3人が、進駐軍のアメリカ兵殺害のためにテロの訓練をはじめた。決行の日は近づくが……(「玩具の兵隊」)。日露戦争時に海軍下士官だった父親が自分の学校に戦意高揚のための講演に来たが、緊張のあまり、ほとんど講談のような語りで同級生たちの失笑を買う……(「口髭と虱」)。村はずれの谷地に住む、数奇な運命を生きた巫女の半生からみえてきたものは……(「神の女」)。蔵の中にいる人間ほどの巨大ネズミを捕まえる算段をする親子が、蔵で捕獲したのは……(「鼠おとし」。加藤富夫の小説集『口髭と虱』(文藝春秋)は、村の陰湿な風土や濃密な人間関係といった暗く重いテーマを描きながら、どこか突き抜けた青空のようなユーモアが背景に垣間見えるのが特徴だ。妄想や幻影に取りつかれて、結局は実りのない作業に没頭する人間を描いた作品の多くは、半世紀たった今もまったく古びてはいない。小さな身近な話を、より大きなものの喩えとする寓話的な方法で、加藤はその短い作家生活の中で、4回も芥川賞候補になっている(66回「玩具の兵隊」68回「酋長」69回「口髭と虱」74回「さらば、海軍」)。私の高校時代の担任の教師なのだが、不慮の事故のため49歳で亡くなっている。

4月19日 もう、また、週末が来てしまった。目に見えるような仕事は何一つしていない。時間だけは虚しく、矢のごとく、ものすごいスピードで過ぎ去っていく。先週末は2日連続同じ山を登るという、自分的には初めての体験をした。あの経験はまだ体の隅々に疲労や痛みとしてしっかり刻印されている。さて今週末はどうしたものか。昨夜、TVを観ていたら宇多田ヒカルという歌手が「不安を克服する方法は?」と訊かれ、「筋トレで乗り越えます」と言っていた。けだし名言だ。精神の不安定さは肉体のトレーニングで克服できる、というのは同感できる。散歩の途中にやるだけの「ナンチャッテ筋トレ」だが、それでも「ヤッタゾ!」という充足感はある。 
(あ)

No.1208

火車
(新潮文庫)
宮部みゆき
 朝5時半に起きて散歩を済ませてしまった日。午後からヒマだったので仕事場で本書を読みだした。それまでは寝床で少しずつ読んでいたのだが、この手のミステリー小説は一気に読み終えるのがだいご味だ。寝床では時間的制約があり、いつまでたっても犯人が分からない。   クレジットカード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生を描いたものだが、80年代にこの本が刊行されたころは、カード社会そのものに関心が薄く、ベストセラーになっていたが読む気が起きなかった。いまなら自分も日常的にカードを使っている。書かれていることへのシンパシーも当時とは比べ物にならない。と思って読みだした。感心したのは、主人公の刑事が「休職中」という設定なことだ。遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者・関根彰子の行方を探すミステリーなのだが、休職中の刑事では捜査そのものに足かせが多く、なにもかも手探りの行動を余儀なくされる。ここが第一の面白さだ。刑事の身分であれば簡単にできることがすべてできない、という「枷」が逆に物語にリアリティをあたえ、事件の細部がゆるやかに動き出す。これが成功の一因だろう。刑事の身分があれば案外簡単にゴールにたどり着いたのかもしれない、と考えると、よく比較される『レディ・ジョカー』ほどの臨場感は残念ながら本書にはない。

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