Vol.1223 2024年6月8日 週刊あんばい一本勝負 No.1215

1週間が遅すぎる!

6月1日 今日から6月。5月中だけで6回、前岳、中岳に登っている。6月最初の土曜日は薄曇りの中、金山滝から前岳へ。その前に駐車場で「毎日太平山」のO先生と久しぶりに会った。ちょうど下りてきたところだという。もう80半ばを超えているのにこの元気は化け物だ。もう一人、この山の伝説の人物が降りてきた。なんだか今日はすごい日だ。彼はYさんといい、冬場、毎日スコップで登山口の道を付けてくれている人。初めて会うのだが、お会いしたら冬のお礼をしようといつも思っていた方だ。2時間ピッタリで前岳山頂へ。ゆっくりランチをとり、誰とも会わない「私だけの前岳」をかみしめる。

6月2日 日本農業新聞から書評依頼された小林照幸『死の貝――日本住血吸虫症との闘い』(新潮文庫)にてこずっている。古来、日本各地に発生した「謎の病」と闘った医師たちの奮闘を描いたものだが、深くて、悲惨で、ドラマチックで、背景が入り組んで複雑なのだ。風土病と医学、偏見と差別、政治と地方自治、歴史と寄生虫……私ごときには荷が重すぎたのかもしれない。でも書かなくちゃ。

6月3日 電波塔のある通りでカラスの死体が転がっていた。カラスの路上の死骸というのは珍しい。しばらく立ち止まって見ていたら、なにかの気配を感じた。すぐ近くにカラスが電波塔に留まって、じっとこちらを見ていた。もしかすれば夫婦なのかもしれない、と思ったとたん、危険を感じてその場を離れた。カラスに悪い印象はない。この時は本当に「恐怖」を感じた。敵はどうやら私が殺した、と思いこんでいるような敵意をむき出しにしていたからだ。いやぁ怖かった。

6月4日 今週の写真は太平山の「ヒメシャガ」。ひとりで山に登るようになって「山の花」に興味がわいてきた。太平山は花の種類が少ないから花の名前を覚えやすい利点がある。春先のイワウチワから始まり、タチツボスミレ、カタクリ、ショウジョウバカマにイチリンソウ、ヒトリシズカに……と、このあたりの定番さえおさえて置けば、もう大丈夫だ。散歩で見かける街の花のほうは、毒々しいヒメオドリコソウに青のイヌノフグリ、白いドクダミに黄色のタンポポが定番だ。

6月5日 体調はすこぶるいいのだが、精神的にはまひとつ落ち込み状態。仕事がヒマなのがダメなのかもしれない。仕事こそエネルギーの源、という感じなのだ。でも、この、ちょっと落ち込んでいるあたりが、いまの自分にはちょうどいいのかもしれない。

6月6日 水原一平という人は「ギャンブル依存症」というれっきとした病気だ。昔、ヒーロだったプロレスの怪力・豊登のギャンブル狂いは、その水原どころではなく手に負えないほどひどいものだったそうだ。最近出た細田昌志著『力道山未亡人』(小学館)で知ったことだが、この本は面白かった。力道山本人ではなく妻の田中敬子に主役を設定したのが成功した。日本の政治や経済は高度成長の陰でほぼ「暴力組織」と密接な関係の上に「砂上の楼閣」を築いた。その時代とフィクサーたちを、力道山の妻とプロレスを軸に描き出した労作だ。

6月7日 明日から週末だが週末の感覚がいつもと違う。4月から、近所の前岳・中岳に毎週末登るようになった。ここから明らかに1週間の「時間感覚」が以前とは違ってしまった。「え、もう週末なの」という感じで金曜日がすぐにやってきた。先週の山行の記憶がはるか遠くの過去の思い出になっている。単に「ボケが始まってるだけだろう」と半畳が入りそうだが、いやいや先週の山行はもう遥か昔の出来事で、細部を思い出すのも難しいほどだ。いったいどうなってるの。でも時間の過ぎるのは、早いよりも遅い方が、あきらかに日々の暮らしは充実している、ような気がする。
(あ)

No.1215

斜陽
(岩波文庫)
太宰治
 太宰の本はほとんど読んだことがない。この年になって初めて「読んでみよう」と思い立ったのは、最近ドはまりしている出久根達郎のエッセイに太田静子著「斜陽日記」のことが書かれていたからだ。太田静子はこの「斜陽」の主人公の「お母さま」のことで、太宰の心中相手でもある。その娘が作家の太田治子だ。この「斜陽日記」が太宰の小説「斜陽」のもとになったものなのだそうだ。この「お母さま」は「人と争わず、憎まず、うらやまず、美しく、悲しく、生涯を終わる」方で、出久根は、「現実の母ではない。架空の女人でもない。日本人の、理想の象徴だ」と書いていた。このエッセイから興味を持って読んだのだが、精興社活字を使った岩波文庫はルビもしっかり、読みやすく、時間の壁を感じることなく一気呵成に読了した。面白かった。解説は阿部昭が書いている。物語は「お母さま」の長女であるかず子の手記の体裁をとっているが、それを阿部は、「太宰は日本語のおんな言葉を、蛇つかいが蛇を踊らせるように妖しく自在に駆使して、腹話術さながらの呼吸で老若さまざまのおんなに成りすます」名人であると書いている。私のような太宰初心者でも、何の違和感もなく、スルスルと時代や状況の壁を乗り越え、女性(かず子のモノローグ)が自然にやさしく優雅に、読む者に伝わってくる。

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