Vol.1262 2025年3月8日 | ![]() |
ロフトの「野帳」は100円も高い? | |
3月1日 今日から3月。もう3日間、いい天気が続いている。雪国の人間はこれだけで「なにか嫌なことが…」と勘ぐってしまう。それほど青空には臆病なのだ。「もう春だよねえ」とはまず絶対にならないところがミソだ。すっかり春だと信じていた4月や5月に、大雪が降ってとんでもない目に何度もあっている。というわけで好天だが、まだ春ではない。春に似た冬でしかない。
3月2日 もう10年以上服んでいる便秘薬をやめた。これを機に逆流性食道炎の薬・タケキャブ10ミリグラムも2日に1回にしようと思っている。薬に頼る生活はしたくない、というのは老人誰もが思っていることだが、私の年頃になると一人で4,5種の薬は普通だ。幸い血圧がそれほど高くない(といっても140台)。そのため付随する病気からも免れているのかもしれないが、若いころは血圧も高く、痛風持ちの、肥満体質。そこから何とか生活習慣を改善し今の状態に至った。というと健康オタクのようなイメージを持たれるが、特別なことは何もしていない。このまま5年ぐらいは、異変なく過ぎてほしいが、ちょっと欲張りな願望かもしれない。 3月3日 朝夕、白鳥の北帰行の鳴き声がうるさい。先日、NHKテレビ・日曜討論で「農業問題」をやっていた。生産者代表として大潟村の涌井徹さんが出席していたから見たのだが、彼一人が、現場からの現実と正論を吐いていて、他を圧倒していた。涌井氏いわく、農林中金には100兆もの資金があり、その6割を海外投資に回している。このうちの30兆でも国内農家の投資に回してくれれば、日本の農業は変われる。彼の頭の中はもう衛星通信を使ったAIの世界にどっぷりのようだ。農業とAIは、確かに相性がいい、と私も思っている。 3月4日 朝日新聞「ひと」欄に見慣れた顔が映っていた。「震災前後の釜石の〈呑ん兵衛横丁〉を撮り続けた写真家」佐々木貴範さんの囲み記事が載っていた。この写真集はうちの新刊である。記事には出版社名は載っていないので、今のところ問い合わせ電話などもないが、版元である私たちが記事になることを知らなかったし、著者の佐々木さんからも連絡を受けていなかったから不意打ちだ。でも、こんな喜ばしい不意打ちなら大歓迎。一瞬で眠気の冷めた朝だった。 3月5日 名子役といえば小生の年齢では黒澤明作品でおなじみの頭師佳孝だ。あの「赤ひげ」のドロボー小僧役はすごかった。黒澤が気に入って以後の作品にも使い続けたわけがよくわかる。黒澤作品は何のかんの言いながら見ているのだが、モノクロ作品が圧倒的に私の好みだ。カラーになると大言壮語の見栄っ張り、大仰な「演出」が邪魔くさくなる。色の氾濫が画面からリアリティをそぎ落としてしまうのだ。その点、モノクロは寡黙だ。いや寡黙の中に饒舌がある。白黒の中に過剰な色味があふれている。頭師もカラー映画になると、なんだか精彩がない、と感じてしまうから不思議だ。色は少ないほどカラフルになるのだ。 3月6日 年が明けてから毎日バタバタの日々が続いている。少し楽になりそうだった3月も、けっきょくはバタバタ。経営者として忙しいほうがありがたいのだが、後期高齢者の体力を考えると喜んでばかりもいられない。疲労は静かに蓄積されていく一方だからだ。といっても旅行にでも行こうか、という気にはなかなかならない。旅に出ても夜、ひろち酒を飲むのが面倒なのだ。旅先で酒のない夜をどう過ごすか。といえば本でも読むしかない。だったら家でいつものように本を読んでるほうがいい。となってしまうのだ。 3月7日 散歩の途中、久しぶりに文房具でも見ようと駅ナカ・ロフトにも寄ると、コクヨの定番ノート、「野帳手帳」が売っていた。1冊の値段は280円、懐かしさもあいまって10冊を「大人買い」してしまった。アウトドアにはこの手帳が役立つことを知っているのだが、実はずっと「野鳥手帳」だと思っていた。正式な名称は「測量野帳」。家に帰ってこの手帳のことをネットで調べて驚いた。アマゾンではこの手帳、1冊196円でセール中だったのだ。ロフトは100円も高く売っていたのである。これはいくらなんでもひどい。要するに私が無知で田舎者だけだっただけだが、後味の悪い話だ。 (あ)
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鍬を握る――満蒙開拓からの問い (信濃毎日新聞社)
信濃毎日新聞社編集局編
戦時中、日本の傀儡国家である「満州国」(中国東北部)には全国から27万人の開拓団員が渡り、敗戦に伴う混乱と逃避行の中、病気や集団自決などで8万人が犠牲となった。満州国には155万人の日本人が住み、その面積は約110万平方メートル。現在の日本の約3倍の大きさだ。長野県はこの満州国に都道府県別では最多の3万3千人を送り出している。昭和恐慌で蚕糸業が打撃を受け、長野県は積極的に国策に応じ、開拓団への参加を呼びかけたのだ。
ショッキングなプロローグから本書は始まる。23年暮れ、長野市の千曲川河川敷で「中国グループによるヤミ畑」の存在がニュースになった。片言の日本語しか話せない「不法外国人」の違法耕作事件として報じられたが、事実は違っていた。彼らは戦時下、満州開拓団として家族で海を渡り、終戦から数十年後に帰国した残留日本人だったのだ。第1部では長野県でさえ満蒙開拓の記憶は継承されていない現状を伝える。第2部では元開拓団員の記憶をたどり、第3部では帰国した残留日本人やその家族が今も直面する厳しい暮らしを追い、中国現地まで記者を派遣し侵略された側からの開拓の実相をルポする。第4部では被差別部落の人や朝鮮の人たちにスポットを当て、第5部では過去の信濃毎日新聞の報道を検証する。第6部では残留孤児たちに焦点を当て、第7部は関係者たちの証言集だ。第8部では戦後世代へ渡すためのバトンについて考察している。
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