Vol.1318 2026年4月4日 週刊あんばい一本勝負 No.1310

最後の「やり残し仕事」と向き合って

3月28日 ブラジル・トメアスーの「旅行記」に手を付け始めた。40年間、地球の反対側のアマゾンまで10数回も通い、日本人移民の村を取材してきた記録だ。何度も試行錯誤や挫折があり、いつのまにか膨大な月日が過ぎてしまった。この原稿に一区切りつけば、いまのところ「やりのこしたこと」はない。永年、プレッシャー以外何ものでもなかった荷物を早くおろしたい。身軽になって、次の目標を見つけたい。

3月29日 忙しい土曜日だった。「拙者の散歩道」の色校が印刷所から届いた。刊行は4月中旬になりそうだ。山形から友人のカメラマンが来舎。色校を一緒に見てもらい感想を聞く。夕方、10年前、うちでアルバイトや山歩きをした国際教養大の学生だったY君からメール。引っ越しが終わったとのこと。彼は四国の出身だが、卒業後A新聞社に就職、全国各地を渡り歩いていたのだが、10年後、出身校のある秋田支局に戻ってきた。さっそく「和食みなみ」を予約し一献。昔話に花が咲く。この土曜日だけで「10キロ!」近く歩いている計算だ。これなら前岳、だいじょうぶかも。

3月30日 冬の間の「不調」を拭い去るべく毎日、ストレッチや原稿書きに精を出している。つくづく思うのだが、人間は「健康」がいろんな行動の基準だ。いろんな悩みや苦労は誰にでもある。そこと立ち向かうには、こちら側がまずは健康でなければ勝負にならない。この年になると心身に何の問題がない、などという人のほうが圧倒的に少ない。軽々しく「健康」や「不調」をも論ずることは危険なのだが、とりあえず、寝込むほどの疾病を抱えていないことに感謝して、ボソボソと仕事を続けるしかない。

3月31日 地元新聞に月2回、「秋田のほん箱」という駄文を書かせてもらっている。そこで自分自身の単純な誤植や思い違いを指摘され、毎回冷や汗をかいている。新聞社には「校閲」と言われる部署がある。偉そうなことを言うやつの原稿を眼光鋭くチェックしているのだ。ある程度、自信をもって、調べて書いているつもりなのに、この指摘は身にこたえる。プロの作家と言われる人たちは実はこうした出版社の校閲係と日々バトルを繰り広げているわけだ。自分がいかに間違うか、勝手に都合のいい記憶を上書きしているか、よくわかる。

4月1日 雨なので散歩のストレッチと筋トレは中止。せっかく身体が負荷に慣れてきたところなので残念。夜はこのところずっと『高峰秀子ベストエッセイ』(ちくま文庫)を、ゆっくり、そしゃくするように読んでいる。文章がきれいなうえ、内容が深く、潔い。すごい人生なのにまるで「好きな小物」を愛でるような、静かな熱情で身辺が語られる。こんなに読みやすい文章は久しぶりに読んだ気がする。華やかな女優業のかたわら、平凡な生活者として毎日を丁寧に生きる。切れ味のいい感性と洞察力で、社会や他者とまっすぐに向き合う。芸能人の書いた本の中では一頭地を抜く、優れたエッセイだと思う。

4月2日 ずっとブラジル・アマゾンの日本人移民の調査取材を続けてきた。本にできないまま半世紀近くも時間が経ってしまった。正直なところ「自分の力量を見誤った」という危惧に苛まれてきた。膨大な時間とお金をかけた仕事なので、その「債務」は返さなければならない。残された時間は多くはない。この仕事を墓場まで持っていくことはできない。ここ数日、この仕事と真正面から向き合う日々が続いている。やり残したままこの世を去る、というのは無理だ。あがき続けるつもりだ。光よ、差し込んでくれ!

4月3日 雨の日が続いている。それを奇貨として、散歩中の筋トレを一時的にやめている。スクワットはやりすぎると、かならず膝や腰にくる。仕事場も寝室も二階にあるので、階段の上り下りの時に症状はすぐあらわれる。今回も夜おしっこに起きた時、右ひざに違和感があった。「あっ、やりすぎたな」。次の日が雨だったので、とりあえずスクワットや中断、今も様子見である。筋トレはまちがいなく「老人トレーニングの王様」で、鉄板と言ってもいい。でもやりすぎるとすぐに身体に反映されてしまう。痛みがでると自棄になって運動自体をやめてしまうケースも少なくない。最悪の事態はさけたい。というわけでこの4日間、スクワットは中止中である。

(あ)

No.1310

黒い海―船は突然、深海へ消えた
(講談社)
伊澤理江
 ハワイ沖でアメリカ軍の原子力潜水艦で衝突され9人の死者を出した宇和島水産高校の練習船「えひめ丸」の事件から、今年は25年目だという。本書はあの事件から7年後の08年、いわき市の第58寿和丸が太平洋上で停泊中に突如として沈没、17名もの犠牲者を出した事件の真相を追ったもの。未だその沈没の原因が不明な点が多いのだそうだ。著者はこれが初の著作で、本田靖春ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞、日本エッセイスト・クラブ賞の3冠を得ている。未解決事件のミステリーを追ったノンフィクションなのだが、著者はラジオなどで調査報道を専門とする企画の担当者だったようだ。事件はその仕事の延長で、いわき市にある「日々の新聞」の安竜編集長を訪れ、そこから彼の友人の酢屋商店の野崎社長を紹介され、事件を知ることになる。野崎氏は沈没した船の所有者である。著者の取材は驚くほど細密で、徹底している。会いたい、怪しいと思ったことはとことん追い詰め、証言を得ていく。事故調査報告書の内容を一つ一つ検証しながら、悲劇の真実に迫っていく。この執念のような「熱」が本の端々にほとばしり出ている。「犯人は間違いなくアメリカの潜水艦」との確証を得るが、「確認」の高い壁が立ちはだかる。個人の力ではどうにもならないところで、本書は終わる。

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