Vol.208 04年8月28日 | ![]() |
マックス三浦を見つけた! | |
小学校時代に見た「鎖きり芸」のマックス三浦のことを知りたいと思い、書籍や新聞記事、ネットでも情報を探していたのだが、先日、マックス三浦の娘さんというかたからご連絡をいただいた。オリンピック水泳で北島が2個目の金メダルを取った朝のメールだった。あまりの衝撃に何度も何度も繰り返しメールの文章を読み返してしまったほどだ。さっそく千葉県市川市にご遺族を訪ねてきた。見せていただいたアルバムのマックス三浦は40数年前の姿そのままで、涙が出そうになった。マックス三浦といってもお分かりにならない方が多いと思うが、もう少し詳しく彼の生涯がわかれば、彼についてのルポを書いてみたいと思っている。その大切で貴重な1歩を踏み出すことができたのである。最近あまりいいことがないのだが、これは本当にうれしい出来事だった。娘さんには二人のかわいいお子さんがいて、インタビューの間、夏休み中のだんなさんが子どもさんのお相手をしてくれていた。マックス三浦は私が考えていたよりもずっと複雑で波乱万丈な人生を送った人のようた。「マックス」という芸名はなぜつけられたのか、鎖きり芸はどこで覚えたものなのか、私たちの目の前に現れた彼は当時何歳だったのか…そんな疑問がほとんど氷解した。まだまだしばらくマックス三浦取材は続きそうだ。
(あ) | |
アルバムのなかのマックス三浦
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市川駅前
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東京で夏休み | ||
(あ) | ||
日増しに見えてきた台風被害 | |
8月20日に秋田県を襲った台風15号は、秋田市内にも風速41,1メートルという猛烈な風をもたらしました。あまりの風音に夜中の3時頃目を覚ましましたが、間もなく停電。我が家でこの停電は夜の7時まで続きました。幸い無明舎は停電しませんでしたが、けっこうロードサイドの大型店は休業しているところが多くありました。秋田市内では停電被害や樹木の倒壊が目立つ程度でしたが、翌日あたりからあちこちの木々の葉が茶色くなり始め、「塩害」という言葉が新聞に出るようになりました。しかし、塩害は木々の葉が枯れた程度では済みませんでした。沿岸部での農作物の被害が甚大だ、ということが日増しに顕著になってきて、秋田県では過去に例のないひどい状況になりつつあるようです。秋田県立大学の谷口先生からも連絡が来ましたが、若美町のホウレン草農家Yさんのビニールハウスのビニールが全部飛ばされ、むき出しになったホウレン草がほとんど茶色になったり、男鹿市中石の果樹農家Wさんの梨が半分以上落下したりしたそうです。また、大潟村のTさんの稲はかなりの部分が塩害で穂の先が白くなったと話していました。昔から親しくしている本荘市のIさんの稲はやはり塩害で全面的に白くなり、ナスや枝豆を始め今地上に出ている畑の作物は全滅だそうです。新聞によると大潟村や沿岸南部の由利郡の被害が甚大で、金浦町の沿岸部は収穫ゼロとなる田んぼがかなりあるようです。これは塩分が稲や野菜の水分を吸収したため起きた枯れ死だそうで、稲をなめると塩辛いそうです。また、農家ばかりでなく漁業被害も大きく、破損した漁船は200艘を越えました。昨日あたりから県産野菜が2倍くらいの価格になりましたし、沿岸にある道の駅や国道沿いにある農産物直売所には葉もの野菜が殆ど並んでいません。 | |
「リンゴ台風」といわれた1991年の19号台風のときは、秋田県ではある程度稲刈りが始まっていましたし、まだであっても穂の実が熟した後なので倒伏しても何とかなった農家が多かったのですが、今回ように稲がまだ弱い8月に農作物に塩害が起きるなど、秋田県では経験のないことです。そのため本当のところは誰にも結果の予想がつかないようです。秋田市では停電だ、でもそのうち付くだろう程度の認識でしたが、友だちの農家の声を聞くのがかなりつらい、今回の台風の大きな置き土産です。 (鐙)
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塩害で茶色になった山の木。8月というのに紅葉のようですが、色はきれいではありません |
今週の花 | |
(富)
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