Vol.233 05年2月19日 週刊あんばい一本勝負 No.229


県南の雪はあったかい、ような気がする

 喪中ということもあり実家の湯沢と秋田を往復する日々が続いている。祈るような気持ちで高速道の天候を気に掛けているのだが、今のところ視界ゼロの「恐怖の吹雪トンネル」には出あわずにすんでいる。湯沢の「犬っ子まつり」も15年ぶりぐらいに見ることができた。少年の頃、各家々の「犬っ子」のお堂を壊したり、堂の中のお供えを盗むガキたちがいて、その守備撃退のため町内見回りをしたことなどを思い出し、ほろりとする。市役所横の会場には100近い屋台が出て盛況だったが、「広島お好み焼き」の出店はあっても「キリタンポ」の店はなかった。これは気になっていたので意識して調べた結果。県南部の人にとって「キリタンポ」は「よく意味の分からない=美味しいと思わない」食べ物なのである。会場そばにある行きつけの「ラ・シュエット」という美味しいコーヒーの飲める喫茶店で、しばし外を行き来する観光客ウオッチング。人手でにぎわう故郷をみるのは気分がいい。朝舞にある酒蔵「天の戸」にも久しぶりに顔を出した。杜氏のMさんの『夏田冬蔵』という本は未だに売れ続けている小舎のロングセラーなのだが、本を出したあたりからこの酒蔵の注目度は全国的に上昇の一途をたどっているのも編集者冥利につきる。アポも取らずに突然の訪問だったのにMさんにあたたかく迎えていただき、凍えるような酒蔵の中も、ほんわかとあったかく感じた。
(あ)

犬っ子祭り

杜氏のM谷さん

ラーメンとイルカと寒天

 湯沢に帰るときは、わざわざ横手インターでいったん降りてインターそばにある「十文字ラーメン」を食べるのが定番になってしまった。本当はラーメンよりも蕎麦を食べたいのだが県南部で美味しい蕎麦を食べるためにはかなりの労苦が伴う(蕎麦屋がほとんどない)。ギトギト油の浮いた動物性タンパク出汁のラーメンはもう受け付けないが、このさっぱりした昔ながらのあっさりラーメンは「蕎麦感覚」で食べられる。でもラーメンには中毒性がある。習慣化してしまう「食力」をもっているのは、どうしてなのだろうか。
 好物ではないのだが珍食なので年に1回は口に入れることにしているイルカも食べた。県南独特の食習である「イルカのザル味噌煮」を、たまたまあるところから入手できたのである。県南部では昔からイルカのあばら骨(ザルの目のようになっている)を味噌で煮て臭みを消して食べる。クジラと同じ種族だから味も似たようなものだが、かなり独特の臭みがある。でもこれも病み付きになる味、という人が多いのだ。動物保護団体とのからみもあるのでイルカ肉が表面だって話題になることは少ないが、実は今もかなりの人たちが日常的に食べている冬の「ご馳走」である。
 食文化を町おこしのテーマにしている横手市で「米の粉」を使った料理コンテストやシンポがあり、そこにも出席した。なかなか刺激的な催しだったが、印象に残ったのは会場の隅で試食されていた「かぼちゃの寒天」。これが美味しかった。寒天は大の好物で少年時代はいつも母親のつくる寒天三昧だった。母は横手出身、横手の人は他の地域の人より寒天が好き、という推論が成り立たないだろうか。米の粉より寒天のことで頭がいっぱいになってしまったバカな私でした。
(あ)

あっさり十文字ラーメン

濃厚イルカのザル味噌煮

ようやく食べることが出来た「ダダミ丼」

  秋田ではマダラの白子を「ダダミ」といいます。白子の外見は段々状になっていますが、このような状態を「ダンダラ」といい、ミは「実」で鍋に入れる肉や野菜などの「具」を指している。この合成語の「ダンダラミ」が「ダダミ」になったのが名前の由来だ、という説もありますが私には良く分かりません。この白子を北海道や青森では「タツ」や「マダチ」、宮城や山形では「キク」とか「キクワタ」と呼びます。「キク」というのは菊の花に似ているからでしょうか。そして秋田のように「ダダミ」と呼ぶのは山形の庄内地方や新潟、福井などです。新潟、福井の間にある富山と石川がなんと呼ぶのかまだ調べていませんが、同じ日本海側なので「ダダミ」かもしれませんね。
 前置きが長くなりましたが、男鹿半島にハタハタ漁で有名な北浦という小さな港町があります。ここに「亀鮨」という鮨屋があり、世にも珍しいドンブリ「ダダミ丼」というメニューを出しています。7年ほど前、何か他所にない丼がつくれないかな、ということで試行錯誤をしてつくり上げたそうです。一番大変だったのは熱いご飯のうえに冷たい生の「ダダミ」を乗せると、生暖かくなっておいしさが半減するため、工夫を重ねてご飯の上に薄いしょうゆ味で煮付けたマダラの卵を敷き詰め、そのうえに「ダダミ」を置くことで解決したそうです。卵が断熱材の役割を兼ねているのでしょうね。そしてわずかの酢で味を調えたタレをかけ回して食べます。前から一度食べてみたかったのですが、大きな「ダダミ」を腹に持ったマダラが獲れるのは真冬だけなので季節限定メニューとなり、いつでも食べることが出来るものではありません。
 先日この「亀寿司」の近くに住む友達から「たまに泊りがけで飲みに来いよ」と誘われ、「亀寿司」でマダラとアンコウづくしの肴を楽しんできました。もちろんメーンは「ダダミ丼」です。酒席なので丼は遠慮して、ご飯茶碗に作ってもらいましたが、予想よりほんわりとした印象のやさしい味の丼でした。この丼、今月いっぱいは楽しめるそうなので、皆さんも一度味わってみてください。
(鐙)

左が「ダダミ丼」。中央が丼にかけるタレ、右は「タラ汁」です

今週の花

 今週の花はスイートピー(ピンクと黄色)、黄色いグラジオラス、キンセンカ、中心が赤い紫の花はリューコ・コリネ。リューコ・コリネはチリ原産のユリ科の植物。細長い茎に可憐な花が魅力。
 葉ものはフロリダビューティとレモンリーフ。黄色の斑点のある葉っぱがフロリダビューティで、ドラセナのゴッドセフィアーナの一種。レモンリーフは葉っぱの形がレモンに似ていることから、こう呼ばれるようになりました。ツツジ科の植物で、緑が鮮やかなのでフラワーアレンジに使われることが多いようです。
(富)

No.229

明日の記憶(光文社)
荻原浩

 むやみやたらでなくても1人以上死人が出るような冒険小説やミステリーには興味が湧かない。個人的に人の死にあまり多く接していないせいかな、とも思ったりするが、要するに殺人にリアリティが感じられない性格なのだ。本書は正真正銘怖い小説だがミステリーでも冒険小説でもドタバタ劇でもない。実に社会性のある良質のエンターテイメントでもある。50歳の広告代理店勤務の男性が、物忘れ程度の軽い症状から「若年性アルツハイマー」になる過程をユーモアも交えてながら克明に症状を描写しながら進行する物語である。主人公と年齢が近いせいもあり、彼が受ける医者の症状テストや診断結果にハラハラドキドキし、自分と同じ体験(物忘れの)の場面の記述では、ガックリと落ち込み、先を読むのが怖くなる「恐怖感」に襲われる。それでもこの本が優れているのは、そうした奈落の底に沈んでいく主人公をまったく見捨てていないことだ。たえず希望の光をあたえ続けているのだ。怖い小説だが暗くはない。山から下りてくるラストシーンは印象的で涙が出そうになったが、読後の恐怖感がそれに勝ってしまい、涙どころではなかった。最近、物忘れするたびに「自分はアルツハイマーでは」とおびえるようになった。小説は恐ろしい。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.229 1月22日号  ●vol.230 1月29日号  ●vol.231 2月5日号  ●vol.232 2月12日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ