Vol.235 05年3月5日 | ![]() |
長野に雪はなかった | ||
長野市に行ってきた。同時代に出版の仕事をはじめ30年たった今も生き残っている同志であるS氏とT氏を訪ねるためである。特にT氏は自分の立ち上げた出版社をいったんは手離したものの、新たに2度目の出版社を興したばかり。その旺盛な企画力と熱情で、たぶんこれからの地方出版界に新風を吹き込むのは間違いない。そのT氏の出版に対する情熱のおすそ分けをもらおうとノコノコと長野まで出かけたのである。驚いたことに長野市内に雪はほとんどなく、雪のかわりに外国人がいっぱい。これは障害者の「スペシャルオリンピック」が開催中のためだ。街のいたるところにオリンピックのポスターというのか、子供たちの手書きの絵が掛けられていて、これがなかなかいい。とまった宿はこれまた善光寺前にある由緒ある藤屋という旅館で、Tさんがとってくれたものだが最近はホテルよりも旅館がずっと気分的に落ち着く。翌朝は早く起きて、市内を2時間かけて散歩。秋田よりもずっと知的で清潔感のある街、という印象。駅前に大きな看板広告で「カプセル・カメラ」。これは「飲む内視鏡」のことで、イスラエルが最初に開発に成功したものだ。胃カメラ大嫌い派にとって福音なのだが日本でも開発中(それも長野で)というのははじめて知った。昼はTさんと一緒に美術館をめぐり、地方出版論議に花咲かせ、大満足で帰ってきた。久しぶりに希望や夢を30年前のように語り合ったひと時でした。
(あ) | ||
泊まった宿と、ごん堂のオリンピック・ポスター
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伝説のやきとり屋さん | |
ある飲み会の帰り、フラフラ歩いていたら横道にそれ普通の住宅地のなかに真っ赤な「やきとり」という看板を見つけた。25年以上前、無明舎が手形地区にあったころ2軒隣にあった「やきとり屋」さんである。といっても飲み屋ではなく「おやつとしてのやきとり」を売る店で、客は中高生、1本2本と買食いするためのお店だった。焼いておいたやきとりを客が来るとホットプレートで温めなおすやり方で、こぶりで安く、ジューシーでなかなか味のある、うまいやきとりだった。その店がいつのまにか、まったく別の場所で同じスタイルで店を構えていたのである。先客があったのを幸いに、オヤジさんに挨拶して旧交を暖め、14本ほど焼いてもらった。いや6本注文したのだがサービスでどっさり焼いてくれたのだ。 | |
お金は要らない、というのであわてて千円札一枚をおいて逃げるように帰ってきたのだが、後ろからオヤジさんが走って追いかけてきて、「あんばいさん、5千円もダメだよ!」と叫んでいる。ありゃ、一瞬もどりかけたが、ふりかえらずに全速力で振り切った。家に帰り、まだ熱さの残るやきとりにむしゃぶりついた。四半世紀前のいろんな思いが込み上げてきて涙が出そうになった。 (あ)
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これじゃよくわからないけどこれが「やきとり」です |
違和感のない映画 | |
気持ちのいい映画を見ることが出来ました。台湾の映画監督・侯孝賢(ホオ・シャオシェン)の「珈琲時光」です。小津安二郎監督の生誕100年を記念して、松竹が台湾映画「非情城市」の侯監督に制作を依頼した作品で、台湾人を父親に持つ歌手の一青窈(ひととよう)が主役をつとめています。外国人が撮ったとは思えないほどしっとりと今の日本(東京)をスクリーンに映し出していますが、日本人だったらこのような、あまりにありきたりの東京はあえて出さないだろうな、と思わせる映画でした。それは主人公の陽子が山手線、中央線、都電で移動するシーンがとても多いこと。御茶ノ水、有楽町、秋葉原、大塚などの駅周辺の風景、さらに神田神保町や高円寺の古本屋など。そして極め付きは電車の音です。東京の人にとってはあの電車の音は当たり前すぎて、映画に使う発想はないでしょう。今の日本人監督に、小津の映画世界を彷彿とさせる感性はどのくらいあるのか、とそんなことと考え合わせると、この起用は正解だったと思います。「小津監督が今の目で日本を撮ったらどうなるか、という気持ちで臨んだ」と侯監督はHPでのべていましたが、これは敬愛する小津への彼からのオマージュです。 | |
秋田の小さな映画館で、私以外の客が1人しかいない状況で見ましたが、自分が映画の中にいるような感覚が付きまとって離れませんでした。陽子を慕う古書店の若主人・肇が店番をするのは、神保町の白山通り沿いにある古書店「誠心堂書店」だし、そのすぐ近くにある天ぷらの「いもや」、喫茶店の「エリカ」が何度も出てきます。フリーライターの陽子が台湾人の恋人の子を妊娠するが結婚はしないという決意。それを知っても言うべき言葉が出てこないでとまどう父親。妊娠を知っても陽子の興味の探求にひたむきに付き合う肇の姿。陽子と肇の体が触れ合うことはないが、違和感のない関係。これらのシーンは自分の身近にあることなので、まるで映画の中にいるような気がしたのでしょう。さらにこの映画の魅力は光です。街なか、陽子の部屋や高崎の実家、喫茶店、古書店。どのシーンもやわらかい光に包まれていました。「珈琲時光」タイトルもいい映画です。 (鐙)
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侯監督の対談や、神保町をさまよう一青窈が出てくる雑誌「東京人」の神田神保町特集号 |
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