Vol.262 05年9月16日 週刊あんばい一本勝負 No.258


米の値段が1万円を切る日

 事務所前にアパート群ができて、まったく田んぼが見えなくなってしまった。これが自分の精神面にどんな影響を与えるか、客観的に見てみたいのだが、この「実験」には少なくても2年はかかりそうだ。稲の生育で四季の移ろいを感じることができなくなったので、今回はわざわざ(というほどでもないか)アパート群裏まで回って、わずかに残る田んぼの写真をとってきた。この写真ではよく分からないが、実は近所の田んぼを観察したかぎり、けっこう倒伏が多い。今年は豊作がほぼ決定しているらしいが、これだけは刈り取るまで何があるか分からない。そんな中、今年の農協の米買い取り仮り払い金が一俵(60キロ)1万2千円と発表になった。小生が調べた範囲では、専業農家は一俵1万円を切るとほぼ倒産する。原料などコスト代だけで1万円かかっているからだ。そのボーダーラインのギリギリまで迫っているのである。米が1万円を切る日、日本から小さな専業農家はいなくなる可能性が強い。いや、大潟村の農家ですら半分近くは岐路に立たされるだろう。これは大変な危機的状況なのだが、不思議なことにマスコミをはじめ、国民のほとんどは「今ここにある米作りという危機」をさほど重要視していない。いまに、お金持ちのグルメたちは「コメだけは国産じゃないと口に合わなくって」などという台詞を吐く時代になっちゃうよ。
(あ)
倒伏が分かりますか。アパート群の蔭になってみえない無明舎

No.258

魂萌え!(毎日新聞社)
桐野夏生

 平凡、まじめな夫が急死、しばらくすると予想もしなかった夫の浮気が判明する。残された主婦・敏子も平凡そのものなのだが、ここから彼女は変わって行く。それも夫の浮気の真相を探る、といった陳腐な展開でない。立ち止まりつつ歩み、トライしながら逡巡する。このへんのリアリティがバツグンだ。殺人事件も暴力沙汰も刃物も出てこない「60歳を目前にした普通の主婦が現代社会という荒波を漂流する物語」なのである。一種の成長小説といってもいいだろう。普通の主婦が夫の死から自立に目覚め、惑う心を抱えながら明るく前向きに生きていく。そのプロセスが丁寧にユーモラスに描かれている。とにかく会話がうまい。人物造形がパターン化していない。「若い人には、まだ想像できない世界」というコピーもシャレている。この小説でいっぺんに「桐野夏生フリーク」になってしまった。以前に読んだ記憶がある『アウト』も再読したが、前に読んだ記憶がほとんど消えていることにショック。でもやはりおもしろい。その後は『柔らかい頬』、『ローズ・ガーデン』『錆びた心』と文庫本をめった読み。とくに短編集『錆びた心』収載の「虫卵の配列」には驚いた。アングラ劇団とそのファンの物語なのだが、よくこんなストーリを考えるもんだ。短編集も長編に劣らずいいのがこの人のすごいところ。今年の夏は桐野夏生のためにあったようなもの。

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