Vol.273 05年12月3日 週刊あんばい一本勝負 No.269


街道会議で四国松山に

 「全国街道会議」という組織がありますが、その4回目の全国大会が松山で開催されたので参加してきました。この全国大会の1回目だった山口県萩市以外、静岡県富士川町、山形県上山市と顔を出しましたので、私にとって今回で3回目の全国大会でした。当日は700人ほどの参加者があり本会場、分科会会場ともたくさんの人で埋まり、かなりの盛況でした。私は北前船と関わりがあるため、第3分科会の「海の道の文化おこし」の進行役を依頼されましたが、この分科会をきっかけに「海の部会」を新たにつくることになったのが嬉しい成果です。このように遠くまでわざわざ出かけて行く理由のひとつに、前夜と当日夜の懇親会の楽しみがあります。この懇親会は街道好きならOKという飲み会で、日本橋の旦那衆、学者、国交省の官僚、町おこしの人々、作家、街道グループとごった煮のようにさまざまな人たちが参加しますが、一種の無礼講のように肩書きを忘れて楽しく飲むことが出来る集まりです。
 今回のホテルは道後温泉でしたので、3000年の歴史を持つという日本一古く、小説『坊ちゃん』で有名になった道後温泉本館も楽しめましたが、翌日のオプションツアーで行った内子の町も、いい家並みが続く宿場でした。漆喰壁に瓦屋根の家が、狭い道路の両側に1キロ以上続きますが、土産物屋が多いのが鼻に付き、地元のものでない商品も多いのがちょっと残念。最後に1人で電車やバスを利用し、半日かけて松山の町なかを散策しましたが、そのなかでも松山城は規模も大きく一番の見ごたえでした。
 その日のうち、「全国街道会議」の事務局がある博多に飛び、今後の打ち合わせをした後、東京で芝居をやっていた友達の料理屋で飲んだり、朝日新聞のN記者を呼んで屋台で焼酎を飲んだりと楽しい夜をすごしました。最終日は「博多山笠」で知られる櫛田神社などをのぞいた後、福岡アジア博物館でやっていた「福岡アジア美術トリエンナーレ2005」を見学。アジアの21ヶ国、50人の若いアーティストの作品が広大なフロアに複雑に並ぶ前衛芸術の多様さにめまいを覚えたのは、二日酔いのせいだけではありません。日本とか韓国、中国のような国より、普段あまり名前が出てこないような国の作品が印象深く、アジアの別の顔を垣間見たような気分でした。
(鐙)

明治27年建設の道後温泉本館


松山の町なかにそびえる松山城。堂々とした山城だ


漆喰の壁が美しい内子の町並み


大正5年建築の内子座。今ではここで子どもたちのピアノ発表会などが開かれる


内子で食べた「薩摩汁」。濃い味噌汁の冷がけ御飯だが、そばにいた山形上山のおっちゃんは「これだったら家で味噌汁かけて食ったほうがうまい」だと

2冊の本で考えたこと

 『生協の白石さん』(講談社)はショックな本だった。売れたから、ということもあるが編集者って何なんだろう、と考えたからだ。この本も一種のネット本に分類されると思うのだが、純粋にプリントアウトした生原稿で企画審査したら、この企画は通っただろうか。「農工大の生協購買部の〈ひとことカード〉がおもしろいんで、本になりませんか」と学生が出版社に持ち込んだとしても、「他の大学でも、このぐらいのものはいくらでもあるんじゃないの」と、編集者は懐疑的に対応したような気がするのだ。ところがこの「ひとことカード」は学生の手でインターネットで画像公開され、これが受けまくる。この〈ネットで不特定多数の人たちに受けている〉という事実が、編集者の目に留まる。というか企画をすんなり通った要因である。インターネットでの公開が人気を生み出し、それが期せずして企画のプレゼンになったわけである。少なくても5年前、この原稿を素で読んでGOサインを出した編集者はいなかったのではないだろうか。とりあえずはネットで原稿を公開し、そのリアクションを見てペーパー化(出版)を決める、という流れは、この本で決定的になるのかも。
 もう1本はリリー・フランキー『東京タワー』(扶桑社)。いろんな人が「大泣きした」という評判に負け、読んでみたのだが、小生は不感症なのか泣けなかった。題材も構成も著者の力量もすばらしいのだが、この本には決定的に編集者が不在なのだ。書きたいように書いているだけ。何度も書き直したり、構成を工夫したり、長く読み継がれるための抑制やそぎ落としが、ほとんどない。
 もし文春や新潮からこの本が出ていれば、ずいぶん違ったものになったのではないのだろうか。こちらは文芸のプロの編集者がいるから、チェックはものすごく厳しくなるが、本そのもの長生きできる。著者はあえて長生きの道を選ばなかったのかもしれないが。白石さんも東京タワーも、基本的には「編集者不在」でつくられた本だ。どうやらそのことに不満があるわけだ、小生は。
(あ)

2冊の本

No.269

東京奇譚集(新潮社)
村上春樹

 村上春樹のいい読者ではない。偏見を持っているわけではない。ストーリーがよく飲み込めず、読後にいつも苛立ちが交じってしまうのだ。正直いって言わんとするところがよく理解できないのだ。恥ずかしい。若い人がうれしそうに村上春樹の話をしているのを見ると、うらやましい。こんなに苦労して新刊を読もうと努力しているのに面白さが分からないのだから、これは辛い。そんななかでも『神の子どもたちはみな踊る』と『ノルウエイの森』は最後まで読みとおせた。それなりに面白くて興奮した記憶がある。今回の本も、最初の短編『偶然の旅人』は抜群に面白かった。これでオレも村上ファンになれるかなと期待したのだが、他の作品についていけなかった。「偶然の旅人」は著者自身のジャズ体験記だが、エッセイ感覚で読める短編で、これなら全編楽しんで読みとおせるかも、と思ったのだが途中で退屈してしまった。小説のいい読者ではないが、村上春樹の『生き方』には好感を持っている。偉そうで俗物な旧文士像ともっともかけ離れた作家、というイメージがあるからだろうが、毎日10キロのランニングを欠かさず、メディアにも極力顔を出さない、というストイックなライフスタイルは尊敬に値する。最後まで作品を読みとおせないのは、間違いなくこちら読み手側の私に非がある。

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