Vol.295 06年5月6日 週刊あんばい一本勝負 No.291


ようやく春が来た

  秋田にもようやく春が訪れた。四月前半から中盤にかけては雪、雨が続き気温も上がらず低温注意報もだされた。一旦咲いた桜も翌日は雪、なんてこともありさぞ辛かったろう。GWに入ってから晴れの日が続き、気温も上がりやっと春らしくなってきた。さっそく先日も春を感じに大学病院裏の森へいってきた。まずはなんといっても春の名物桜。花見の名所にいくのもいいけどなにせ人が多い。この森にいるのは私一人。心静かに存分に桜を独り占めできる。桜だけではない、いろんな植物がまってましたとばかりに顔をだしている。植物に関してはあまり詳しくないので、事細かに書くことはできないが、とにかく森が目を覚まし、大きな伸びをしている、そんな生命の躍動感が感じられた。晴れ渡った空と木々を見ながら歩いていると、足元でごそごそ動くものがあった。ヘビだ。一瞬ギョっとしたが、ヘビは私のことなんかまるで眼中にない様子で悠然と通り過ぎていった。体長60センチくいの、たぶんアオダイショウだろう。動物たちも目を覚まし活動を開始したんだなあと思っていると、この間までなかった看板がたっていた。「熊出没注意」。そうかあ熊も冬眠を終えてここら辺を散歩するんだなあ….ってそんな呑気なことはいってられない。万が一遭遇するかもしれない。臆病なわたしは森の奥へ入ることを諦め、来た道を引き返した。なにはともあれ秋田も春。嬉しいかぎりです。
(森)

No.291

それにつけても今朝の骨肉(筑摩書房)
工藤美代子

 これは面白かった。著者には失礼ながら思わぬ拾いものをした気分である。このノンフィクション・ライターの父親が「ベースボール・マガジン」や恒文社の創業者であることすらまったく知らなかった。とにかく驚いたのは、昔の出版(雑誌)社というのは儲かったものなんだなあ、ということ。新潟から出てきた風采の上がらぬ田舎のオヤジ(これは著者による父親像です)が、お抱え運転手から数名の愛人、何件もの別荘まで当たり前のように持つことのできた活字文化黄金時代に、何はともあれ同業者としてはクラクラするような羨望を覚えてしまう。この父親の浮き沈みを中心に物語は進展するのだが、家族の崩壊と再生のドラマといったフィクションふうの予定調和がないぶん、まったく次の展開が読めずワクワクドキドキの連続である。チャキチャキの江戸っ子である母親もなかなか魅力的で、「パパが死んだら、お赤飯炊くからね」とうそぶきながらも陰ではちゃんと支えあったり、著者である娘も父の身勝手な行動に翻弄されながらも、お金や力が必要なときは、しっかりと父親に甘えて見せるチャッカリ屋さんだ。こうした人物が織り成す先の読めない「実話」には、小説では絶対に味わうことのできない妙なリアリティーと説得力がある。

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