Vol.310 06年8月19日 週刊あんばい一本勝負 No.306


出版のこと

 出版の話題を2つ。ひとつは編集グループ〈SURE〉(シュアー)という京都にある出版社のこと。このところずっと山田稔の本ばっかし読んでいるので、その絡みで「発見」した出版社なのだが、面白そうなので2冊の本を注文してみた。『山田稔 何も起こらない小説』(これは誤解を招きそうなタイトルで、実は小説でもないし山田稔の著書でもない。「鶴見俊輔と囲んで」と銘打たれた座談シリーズの1冊)「もじを描く 平野甲賀」(これは平野さんの文章が載っている)。本というよりもどちらも小冊子なのだが、鶴見俊輔さんを囲む会が運営する、作家・黒川創さんらのグループのようだ。なんとなくこれからも面白い企画を出しそうな注目の編集グループである。
 もうひとつは塩山芳明著「出版業界最底辺日記」(ちくま文庫)。サブタイトルに「エロ漫画編集者「嫌われ者の記」とあるが、これがめっぽう面白い。毒舌と皮肉に満ちた「凶悪」編集者の仕事と読書と身辺雑記だが何人か知り合いが登場する。東京都の不健全図書指定との攻防もスリリングだが、なんといってもこの本の白眉は読書メモ。とにかく読んでいる本が講談社学芸文庫のシブいものばっかし。山田稔の本も出てくるし、われらが「アクセス」の酒豪店長や編者の南陀楼綾繁、その奥さんも登場する。毒舌と皮肉のオンパレードとはいっても高みからの遠吠えでないのがいい。いやはや出版の世界といってもさまざまだ。
(あ)

No.306

アジア新聞屋台村(集英社)
高野秀行

 この人の「幻獣ムベンベを追え」(集英社文庫)はすでに古典といっていいのかもしれない(初版は89年)。青春ものの傑作、探検ものの金字塔だと思う。いま読んでも「古く」なっていないのだから驚く。著者は良くこれで大学を卒業できたものだと誰もが思うほど年がら年中外国をほっつき歩いているのだが、その間にE・ドンガラ著「世界が生まれた朝に」という訳書があり、それが教授に認められ卒論扱いになり、どうにか卒業したようだ。日本に帰ってくると時々バイトをしてはまた外国へ旅立っていく。この「日本で時々バイト」というのがどんな職種なのか、実はちょっぴり興味あったのだが、なるほどそれが本書のテーマになっている、ごった煮のようなエイジアン新聞社だったわけか。それにしてもこの新聞社はおもしろそう。ほとんど編集や印刷の知識がない新聞社というのが、ほとんどムベンベと同じ舞台設定ではないか。荒唐無稽な舞台に立つ筆者は一見まともに見えるのだが、読み進むうちに舞台と同じようにかなりヘンな方向に行きたがるキャラクターである。舞台も登場人物も主人公も微妙にヘンなのに、その絶妙のハーモニーが感動的な音楽を奏でている。本書は小説と銘打たれているが、ほぼ実録といっていいだろう。次回作が楽しみだ。

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