Vol.315 06年9月23日 週刊あんばい一本勝負 No.311


本の未来は……

 秋のDM(読者へ送る定期新刊案内)の出足(注文)が今ひとつ鈍い。他のシーズンに較べ新刊点数が明らかに少ないので今回は期待できないな、と薄々感じていたのだが、予想通りの結果になりそうだ。本は年々売れなくなる、というのは小生の持論で、これまでの経験から推測しても暮らしの中に占める『本』の地位は低くなる一方だろう。大都市のような図体を持っているとわかりにくいが、地方都市では本屋さんの果たす役割はとっくに終わっている。30万都市にTUTAYAが2,3軒あればすべて事足りる、というライフスタイルが時代の趨勢になっているのだ。そうした地方の現実を出版業界は正視すべきときに来ているのだが、東京にいるとこうした現実を肌で感じることは難しい。
 私自身、本はアマゾンでユーズドの1円本ばかり買っている。本屋に行くことはめったにない、というかTUTAYA以外は周辺1キロ以内の本屋さんはないから、週刊誌一つ買うにもえらく苦労をしなければならない。なじみの書店が雑誌を配達してくれる、などという牧歌的光景はとっくの昔に地方から途絶えている。昔の喫茶店代わりに若者に使われているファーストフードの店を覗いても本を読んでいる若者はゼロ(参考書を開いて勉強している学生はかなりいる)。街中で本と若者という組み合わせは、そのこと自体がすでにミスマッチ。背伸びして難しい本を小脇に抱えていきがっていたわが青春時代は、はるか昔の話である。
 そんなことをウダウダ考えていたとき、面白い本に出会った。『きょう、反比例 編集者 竹井正和』(フォイル)というよくわからなタイトルだが、中身は元「リトルモア」(写真を中心にした出版社)社長のインタビュー集。インタビュアーは奥さんのようで、真ん中へんに入っている「孫家邦」(映画プロジューサー)との対談が抜群に面白い。お互いを「最弱の在日」「お前こそ、最弱の被差別やろ」とののしりあう掛け合いに芸がある。竹井の通った大阪・西成地区の小学校では「ひげ生やしてヤクザの事務所に出入りしているような」小学生がいたそうだし、中学の野球部の先輩は「パンチパーマに剃りこみにタバコ、バクチ、女、クスリ、ヤクザがほとんど」という世界をサバイバルしてきた、というのだからアングリ。「リトルモア」という出版社にかなり興味があったのだが、なるほどこんな人物が指揮を執っていたのか。PS・この項を書いている途中、ものすごい爆発音がしたので外に出てみると、なんとなつかしの「ドン屋」でした。1升のコメと砂糖をもっていけば600円でドンを作ってくれる販売車の写真です。本題とは何の関係もありませんが。
(あ)

No.311

出版業界最底辺日記 (ちくま文庫)
塩山芳明

 いやはや毒舌と皮肉の高射砲である。本人は右翼に転向したいと考えているが、43年間で2回しかしゃぶしゃぶを食べたことがない男が愛国心を鼓舞してもこっけいなのでやめた、と自己分析も冷静だ。エロ漫画雑誌のフリー編集者なので東京都の不健全図書指定とのやり取りが抜群に興味深い。毎日の読書メモも圧巻だ。とにかく読んでいる本が渋い。ほとんどが講談社文芸文庫で、小出版社の本も実によくフォローしている。アンダーグランドや時代遅れが好きなのだろう。カバー袖の著者写真を見ると製本工場のアンちゃんみたいな、気の弱そうな笑顔で、内容(毒舌)とのギャップに一瞬苦しむが、顔写真も毒舌からも血のにおいはしない。文章ほど暴力的な人ではなさそうだ。日記にも実際に殴り合いや取っ組み合いの記述はほとんどない。うちの著者や取次ぎの関係者の名前も何度か登場するが、まあ本書の中で実名をあげて罵倒されている印刷所の人たちに較べれば、かわいいものだ。地方の出版社も似たような〈最底辺業界〉だが、地域で孤立しているぶん、気楽な職業でもある。神保町周辺で仕事をしていれば、いやおうなく出版社のランクによる格差や差別を感じるのかも。

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