Vol.316 06年9月30日 週刊あんばい一本勝負 No.312


老教授・オオクチバス・手形散歩

 週末、突然、高名な元東北大学の国文学の教授Kさんが事務所を訪ねてきた。昔は秋田大学でも教壇に立っていたので、その教え子たちの会のために来秋したのだという。東北の各大学にK先生の教え子はたくさんいる。その教え子たちも今は有名な教授になっているのだが、その東北6県に散らばった教え子たちの研究成果を本にしてほしい、という依頼だった。下を向いてボソボソお話なさっていたが、教え子たちへの愛に満ちた、謙虚で高潔な古武士を思わせる紳士だった。偏見があるわけではないが大学教授になかなかこうした人格者は少ない。とにかく自己顕示欲と自己評価の高い「世間知らず」がめちゃくちゃ多い「業界」なのである。「私が秋田大学から東北大学に戻ることになったとき、祖母に〈お前を先生にするなんて、帝大も落ちたねえ〉といわれました。本当にそのとおりで、祖母の見識に驚きました」と静かにわらっていたのが印象的だった。小津の映画に出てくる鎌倉の大学教授そのままで、この日は一日中、気分のいい時間をすごすことができた。
 その秋田大学だが、自転車でこのごろ頻繁に出入りしている。仕事ではなく昼食と散歩のため。手形学園町の裏山にある鉱山博物館や平田篤胤の墓所などをフラフラするだけだが、身近な場所なのにじっくり見て歩くのは実は初めて。いやぁけっこう隠れ家スポットで、ここはいい。生協の学食で昼食をとりがてらなのだが、ここで初めて旭川ラーメンというのを食べた。これがうまい。味噌と醤油の濃いミックススープで、味のバランスがとれていて、しつこくない。学食のご飯はそのへんの居酒屋に較べれば2倍おいしく値段は半分。味覚オンチの多い若者だけに独占させておくのは惜しい。
 つづけて食べ物の話になるが、取材でオオクチバスの燻製(「大潟ます」の名称で売られている)なるものを大潟村まで食べに行ったのだが、半年前に製造中止になったとのこと。2年ほど前からいつか食べてみようと思っていたのに、ガックリ。こういうことは思いついたら吉日、ニュースが流れたらすぐに現場に直行しなければダメなのだ。秋田では新製品が発売されると華々しくニュースに流されるが、半年もたつと人知れず消えていく。そんなことはイヤというほどネイティブとしてわかっていたつもりなのだが……。まゆつば的な食品、話題性だけのイベント、一過性の話題づくりの商品、こうしたB級トピックスは恥ずかしがらずにそのときにきっちり入手するのが、ウオッチャーの鉄則である。もうこんな失敗は2度としないぞ。
(あ)
これが旭川ラーメン
平田篤胤の墓
秋大構内で
八郎湖と赤とんぼ

No.312

テレビはなぜ、つまらなくなったのか (日経BP)
金田信一郎

 オビ文にある大橋巨泉の「テレビは貧乏人のメディアになった」というキャッチフレーズはいい得て見事。もっとすごいのはテレビの興亡をスター列伝で語るという本書のスタイルだろう。これはちょっとコロンブスの卵だった。長嶋茂雄、力道山、手塚治虫、大橋巨泉、黒澤明、山口百恵、角川春樹、鹿内春雄、ジョニー喜多川、北野武、ぺ・ヨンジュン、堀江貴文といった人物が登場するのだが、もちろん彼らは「脇役」で、主役はあくまでテレビ。「テレビにとって山口百恵とはなんだったのか」といった視点が貫かれているから、興味のない人物でも目が離せない。本書でもっとも正鵠を射た発言をしているのは、大橋巨泉だろう。お笑い芸人にアドリブを演じさせ、数時間テープを回し、面白い場面のみをつなぎあわせて編集する。このリスクの少ない手法が作り手にも受け手にも緊張感を失わせた、と大橋は断言する。「たけしは天才、でもテレビに失望しているのが画面からわかる。テレビでもうけて映画をつくりたいだけ」という発言までしている。この人とテレビ創成期のバラエティの大御所だった井原高忠が、ともに日本の電波から逃れるように海外に生活拠点を移しているのも面白い現象だ。とにかく派手だけれどつまらいテレビの歴史とその舞台裏を、スターを狂言回しに使うことで成功したテレビ論である。

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