Vol.320 06年10月28日 週刊あんばい一本勝負 No.316


ソウルで考えたこと

 ソウルに行ってきました。秋田発着便です。韓国出版セミナー(正式名称はブックシティー国際出版フォーラム2006)という行事があったので友人のK氏に誘われたのですが、いろんな発見や驚きの4泊5日の旅でした。
 フォーラムのあったパジェ市は南北の分断最前線にある軍事境界線にあります。89年に計画された「出版文化情報産業団地」のある場所でもあり、ここには東京ドーム33個分の土地に、出版、印刷、取次など100社以上が入居しています。世界でもっとも大きな出版の街で「軍事境界線の奇跡」といわれるところです。ここでフォーラムはおこなわれました。でも今なぜ出版センターが必要なのか、出版の未来はこうしたセンターを必要としているのか……いろいろ考えることはありましたが、驚いたのは団地に入っている出版社の建物がモダンなこと。「オイオイ、やりすぎじゃないの」という印象を持ったほどですが、とにかく建物だけでなくモダンアートが好きな国民であるのは確かなようです(地震がないので耐震強度に関係なく建てられるためかも)。
 出版以外ではソウル市内のど真ん中を東西に流れる清渓川(チョンゲチョン)の存在に仰天しました。前からうわさでは知っていたのですが02年、約6キロもの高速道路を引っ剥がし、コンクリートで覆われていた昔の川を復元させてしまったのです。約2年間で工事を終了させてしまったというのも驚きですが、大都市の動脈を断ち切って経済的には無用の長物である川(公園)を作ったのです。いやはや現代(ヒュンダイ)の元経営者だった李市長の政治決断を世界中の政治家は見習ってほしいものです。3日間、この川に通い続けました。最終日には一人で6キロ全コースを踏破して来ました。所要時間1時間20分、歩数にして8千歩ほどでしょうか。散歩フリークでなくても自然豊かな川べりをゆっくり歩くのは気持いいことですが、ふと見上げると頭上は巨大なビル群ですから、なんとも不思議な気分になってしまいます。
 断定的なことはいえませんが、パジェの出版団地は活字文化の未来からいって早晩「廃墟」になる可能性がなくもないような気がします。が大都市の真ん中を優雅に流れるこの川は、21世紀に生きるソウルの人たちの誇れる文化世界遺産になるのは間違いないとおもいます。
(あ)
フォーラム会場
モダンな出版社の建物
川とビルの共生
川べりで歌う路上ミュージシャン。
新井英一そっくりの歌声

No.316

バスにのって (青土社)
田中小実昌

 田中小実昌の本は昔から読みたいと思っていた。文庫本などは買うのだがちゃんと読了したことはなかった。なぜなんだろう。この本はアマゾンのユーズドで買ったものだが、ゆったりとした活字組みで、内容もたわいない身辺雑記、すらすらと読むことができた。夏や冬にはほとんど海外で過ごしていたというのは知らなかったが、亡くなったのも外国だったとは。最近、猫殺しで話題になった女性作家も外国暮らしだったし、ハリーポッターの版元も外国籍、1000万部を超えるベストセラー「のんちゃん」の作者も外国に暮らしているはずだ。成功したり、お金の心配のない人は日本に住みたくなくなるのだろうか。東京は戦場で田舎はゴーストタウン、という両極端な選択肢しかゆるさない貧しい地域づくりに原因があるのかも。コミさんは糖尿病の薬を飲みながら毎日酒を欠かさない。そしてヒョコヒョコ外国に出かけて行く。文章からいえば日本のことについて書いたもののほうが外国モノより圧倒的に面白いのだが、本書では外国に間する記述のほうが多く単調だ。映画試写と夏冬の外国旅行、原稿執筆に娘のこと、同じような記述が何度も出てくる。他の作家が連載中に同じことを書けば編集者は厳重に注意する。もちろん読者からの抗議もあるが、コミさんならしょうがない、という野放しの雰囲気が全編に漂っている。

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