Vol.333 07年1月27日 週刊あんばい一本勝負 No.329


ずっと気になっていた町・角間川

 同じ秋田県内にありながら、いつか行こう行こうと思いながら、なかなか行けなかった町がある。角間川である。いまは大仙市の一部になった、この小さな寂れた町に、実はずっと憧れにも似た感情を持ちつづけていた。
 先週の日曜日、思いかなって一人、その角間川を歩いてきた。町の中心地に車を置き、南北東西でたらめに小さな町を2時間ほど歩き回った。最初は公民館に立ち寄り(合併で役場支所は消えた)、町のガイドブックでももらおうと立ち寄ったが、「そんなものはない」とにべもない。
 この町が、秋田県を代表する豊かな川港町であったころの面影を探すのが訪れた目的だったのだが、いまはどこにも往時の賑わいを見つけ出すのは難しい。
 角間川港は雄物川と横手川の合流地点にあった。そのため藩政時代は県南部の穀倉地帯からここに米は集められ、土崎港から大阪方面へと年間8万俵もが移出した。いってみれば雄物川水運の最大の中継地点であり、当時はここから上流を「上川」、下流を「下川」と呼んだほどの秋田の中心地だったのである。秋田藩の歳出の半分がこの港ひとつでまかなわれていた、という記録もある。角間川港は江戸の後期に地元の肝煎りなどの尽力で波止場や浜蔵が整備された。米どころの後背地と何本かの街道で結ばれ、県内でもっとも豊かな町とされ、巨大地主を何人も生み出し、川べりには米を保管するための大倉庫が10数棟建ち並んでいた。毎日大小70艘あまりの舟が出入りし、帆柱が林立する往時の写真を見たことがある人も居るだろう。
 この町が一挙にボンベイのようになるのは、明治39年9月14日の奥羽線開通だった。鉄道に物資が吸収され、一夜にして角間川は没落、衰退の一途をたどることになる。そうした歴史の数々を思い出しながら町をほっつき歩いたのだが、いたるところに「昭和28年生まれの会」といった看板が玄関にかかっている家が多かったこと。同窓会でのつながりが他地域よりも強い地域なのだろうか。それとも祭りや盆踊り行事との関連でもあるのかな。
(あ)

No.329

グレート・ギャッツビー(中央公論社)
フィッツジュラルド(村上春樹訳)

 世界文学史上に残る小説である。が過去に2度、この小説を読んだが正直なところ何が面白いのか、さっぱりわからない。それが村上訳でストンと腑に落ちた。ああ、こんなストーリーだったんだ、と。それでもどこが面白いのか今ひとつ釈然としない。それが巻末の「翻訳者として、小説家として」と題された長い訳者あとがきで溶解した。村上は、「賞味期限のない文学作品は数多くあるが、賞味期限のない翻訳作品というのはまず存在しない」と言う。「不朽の名訳」というのは存在しないというのだ、なるほど。とくに本書は、すべての情念や感情が精緻にそして多義的に言語化された文学作品で、英語で一行一行丁寧に読んでいかない事には、そのすばらしさが十全に理解できない。「原文は一筋縄ではいかない。空気の微妙な流れにあわせて色合いや模様やリズムを刻々と変化させていく、その自由自在、融通無碍な美しい文体についていくのは、正直言ってかなりの読み手でないと難しい」。そうか、そうだったのか。「あとがき」で目からうろこが落ちてどうする、と自分に突っ込みたくなるが、私の感性が鈍いのばかりが原因でないことがわかって、うれしい。

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