Vol.36 5月5日号 週刊あんばい一本勝負 No.33


田んぼに水が入った

 事務所の前にある石井さんの田んぼに水が入りました。ゴールデンウイークも最後の五日のことでした。毎年、この田んぼが「動き」始めると、私どものカレンダーはこの田んぼに取って代わられます。なにせ毎日刻々と表情をかえるのですから、これ以上わかりやすい自然の日めくりはありません。逆に言えば冬の間は雪におおわれて身動き一つしない田んぼは死んでいるも同然です。この風景を見ながら二〇年以上仕事をしてきたわけですから、半年ぶりに息吹き返した田んぼをみると「よしっ、こっちもがんばらなきゃ」と空気が入ります。GWはいつも落ち込むことが多いのですが、この田んぼのおかげで何度か救われてきたなあ、と感傷的な気分にもなります。あと何年、この田んぼを見続けることができるのでしょうか。自分の行く末だけでなく石井さんの年齢なども考えてしまう春の一日です。
(あ)


水が張られ、生き返った田んぼ

GWはずっと家にいました

 今年のGWはどこにも出かけませんでした。三食とも家でとり、一日二度は近所の散歩に出、事務所で仕事を、書斎でパソコンに向かって原稿を書いて過ごしました。幸いなことに毎年やってくる春のブルーな気分にも陥らず、平常心で「退屈な」日々をやり過ごすことができました。長い休みにはちょっとしたことで落ち込んだりするのですが、それも最近はめっきり少なくなってきたのは、単に年のせいでしょうか。もう悩んでもどうにもなるわけじゃない、という諦観が強くなったのは確かです。そうそうGW期間中の一日だけ、床屋で髭を剃り、ちゃんとした服装に着替えて、気分転換に街の古本屋めぐりをしてきました。目的は原稿執筆のための資料さがしなのですが、途中から自舎本の珍しいものを買い漁る目的に変更になってしまいました。「珍しい自舎本」というのもヘンですが、要する自舎に在庫がないのに古本屋にはある、という本のことです。値段が高いものには手が出ませんが、それでも四軒回って二万円ほどの「自分の作った本」を買ってきました。ついでに自分の読む本も何冊か買ったのですが、そのほとんどが「読みたいというよりも造本のすばらしいもの」だったのには我ながらびっくりしました。講談社や新潮社の一昔前の文学本(箱入り上製本)で、もう文庫で出ているものばかりですが、この箱入りの本なら手元に置いてるだけで得した気分になれる、すばらしい装丁のものばかりです。古書や稀覯本趣味など全くない私にしては意外なチョイスでした。
(あ)


これが戦利品

倉庫が建ちました

 GWちゅうにあっという間にプレハブ二階建ての倉庫が事務所横に完成してしまいました。前のものに比べて二倍以上の広さがあります。天井が高くて見るからに広々としているのですが、この辺はものすごく風が強いので重心が高くなったぶん吹き飛ばされないか心配です。中に入る本が重石となってそう簡単には倒れないでしょうが、連休明けにはさっそく搬入作業が始まります。それから事務所本体の2階の一部、一階の書庫の改装工事に入ります。あわただしくて仕事にミスが出るのが怖いのですが、来週からは小生も一週間ほど出張予定があり、工事騒音からは逃げられそうなのが救いです。
(あ)


事務所の窓からみた新倉庫

豆腐カステラを食べたことがありますか

 ある農家の方から豆腐カステラをいただいた。舎内はみんな五〇代で秋田出身者だから「なつかしいねえ」などと言いながらむしゃぶり食ったのだが、一人二〇代の若い富山だけは実家から通勤している関係で今もしょっちゅう食べているらしく箸をつけようとしなかった。ことほどさように豆腐カステラは身近な食べ物なのだが、毎日新聞の田所さんという女性記者にきくと、「これは秋田だけの食べ物です」というではないか。ポルトガルから長崎に伝えられ、長崎から東京までは正確な作り方が伝わっているのに、「なぜか秋田にはいった途端、小麦粉がいきなり豆腐に代わってしまう」のだそうだ。いやぁ、この食べ物は全国で食するものだとばかり思っていたので意外である。だれかこの豆腐カステラのルーツ情報をもっていませんか。調べてみる価値がありそうですね。
(あ)

これが豆腐カステラ

No.33

田澤拓也(文芸春秋)
脱サラ帰農者たち

 寺山修司の虚実や大館鳳鳴高校生の遭難事件を書いた著者が「よりによってなぜ」という感じだが、プロローグで故郷を離れたまま両親と死別し、今自分たちも老いの入り口にある、入る墓も定かではない自分と同年代の「都市の漂流民」の遺伝子の声に耳を傾けてみたいという個人的な動機から本書を書いたことがあかされている。だから無条件に帰農を勧めたり、農村や自然を手放しで絶賛するスタンスをとっていないのがいい。登場する帰農者の3分の1は「これでよかったのか?」と自らの移住行動を疑問に思っているというのも意外で、その事実がガイダンスとはひと味違うノンフィクションとして衝撃力を持たせている。つい先頃、石川県の新興企業が鳴り物入りで創刊した「田舎情報」という雑誌が3号で廃刊になった。帰農ブームをあてにしていたのだろうが、この本を読むと廃刊もなるほどと納得できる。写真を1枚もつかっていないのも好感が持てる。

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